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2013.07.11 紀行文「カナディアンロッキーを行く」 投稿者:パシリーヌ

カナディアンロッキーを行く
 
 
パシリーヌ

5月29日(金)
 3:30フライトで16時間後バンクーバーに着いたのが同日の朝8時だ。飛行機の中ではとても眠れたものではない。しかし曇り空のバンクーバー空港に降り立つとその広大さに満足した。かもめが飛んでいる。
 また、国内線に乗り換えてカルガリーまで1時間15分。そこから観光バスで一路バンフに向かう。バスに乗り込むとすぐ眠くなって寝てしまった。男のガイドの声で目が覚めた。
 「誰か雨男がいるんじゃないですか?僕は晴れ男です。」外は大雨になってきた。
 しばらくすると小降りになってきた。
 途中ミネワッカ湖に立ち寄ったが又、ザーッと降ってきた。湖水の水が青く澄んでいる。山が綺麗。静寂が広がる。タンポポが咲き乱れている。
 バスに戻ると又、寝入ってしまった。どれ位の時間が経ったのだろうか、目が覚めるとなんと目の前にロッキーの荒々しい岩肌と白く残雪を被った山が飛び込んできたではないか!ワーッ!
 2万年前から4万年前の氷河時代の跡も生々しい雄大さと迫力で、見る者に迫ってくる。箱庭のような、日本列島で生まれ育った私らはかってみたことのない、切り立った厳しい山の雄姿に圧倒された。
 ヨーロッパのキャッスルのような美しく巨大なバンフ・スプリングホテルに到着した。
 バンフ国立公園の中にあって世界有数のリゾートホテルである。1954年マリリン・モンロー主演の「帰らざる河」(River of No Return)のロケーションに使われたそうだ。
 部屋もまたヨーロッパ調でどっしりとした家具が置かれ、カーテンとイスがおそろいの生地で作られていて、高い天井、ペストリー。窓を開けると森林が深く広がりロッキーが見える。10時ころ眠り2時ころ眼が覚めてしまった。夫は暗い外の景色をじっと眺めていた。
時差である。

5月30日(土)
 モーニングコール。晴天。標高1536mのルイーズ湖に向かう。途中、エルク、リス、山やぎなどを見る。切り立った岩肌に白い点のようなものが動いているのは山やぎだという。
 バスがノロノロ運転になり、他の車もノロノロ。何とクマを見ながらの通過である。
 どうやら小さめのクマなので巨大ヒグマ、グリズリーではないようだ。ここは国立公園の中なので動物たちも自由に行き交っているのだ。
 標高3464mのビクトリア山とエメラルド色のルイーズ湖の美しさに、氷河の雄大さにため息をつきながら3部の人たちと記念撮影である。「ルイーズ湖に驚いていたら、もっと心臓が飛び出す所がありますよ。」とガイドが言った。そのペイトウ湖に来た。なんとそのネイビーブルーの見たこともない水の色には皆がウワー!氷河が運ぶ砂が太陽に反射してその色になると説明書きがある。上から星の形をしたペイトウ湖を見下ろし、バス駐車場までの登りが息苦しかった。高地で空気が薄いのである。ペイトウとはロッキーを探検した英国人の名前で彼がこの湖を発見したので、その名がつけられた。
 
 いよいよコロンビア大氷河、アサバスカ氷河に来た。長さ6km幅1km、氷の厚さは300mもあって氷河時代からの氷河もあるのではないかとガイドが言う。たとえそうでなくても7000年から8000年を経て厚い氷河ができるそうである。大きな雪上車から降りて氷河の中を歩く。氷河の上を小川のように流れている水を飲んでみる。一口飲むと10歳若くなるそうだ。所々ガブッてオレンジ色のポールが立ててある。私もガブッ。体重に関係あるかな?とガイド。まあ!ちょっと怖くなって戻る。氷河ではクレパスよりも水の流れが真下に流れ込むところが危険だそうだ。バスや雪上車が止まっているところは細い水の流れが消えてしまっている。
 昼食は川の畔で、ガイドたちの妻たちが子供連れできてトン汁を作ってくれた。それと弁当だ。彼らはここカナダで逞しく生きている。
 ガイドが巨大ヒグマ、グリズリーに気をつけましょう、と言う。えっ?気を付けましょうと言ったって突如出没したらどうすればいいの?そうかバスに逃げ込めばいいのか、と一安心した。グリズリーは自分の死に場所を決して分からせないように死ぬのだそうだ。

5月31日(日)
 今日はヨーホー国立公園に行く。エメラルド湖一周のハンキングだ。
 名も知らない様々な植物や花があった。唯一スリッパーの形をした黄色の花、アツモリソウを見付けて喜んだ。正式名称はアツモリソウ属シプリジューム(Cypripedium)花弁が袋状なので食虫植物と言われたりしたが事実無根だそうだ。夫にそれをビデオに収めてもらった。周りの景色を眺めながら、エルクの足跡を見たりして、D夫妻とゆっくり散策。他の人たちは一目散にガイドの後をついて行軍して行ってしまった。途中でN支社長が待っていてくれた。5人になった。先ほど追い抜かされたジョギングの女性が2周目を廻ってきた。
 分かれ道に来た。標識があった。N支社長がlogeの方に行くとDさんがParking lotの方だという。Parking lotの方に行くと湖から遠くなって山の上の方に登って行くことになった。おかしい。又、標識があった。しかし、方向の見方がどちらとも取れる。(Log)ろっじはどっち?などと私がふざけるとDさんはイライラして焦って、走って行ってしまった。「あっ、あそこだ!橋が見える。」と夫が言った。冷や汗ものになってしまい12:30集合が、滑り込みセーフとなった。又、昨日と同じマズイ弁当が出た。
 その後スパイラルトンネルを見た。ロシヤ人の団体が来ていて写真撮影をしているところにEさんの兄の方がいっしょに並んで「ハイ、ポーズ」の寸前発覚されてドッと笑い声。
 
 モレーン湖に行く。
画像の説明
  (*モレーン湖:標高1884mに位置する氷河湖。バンフ国立公園内にある。

 カナダ20ドル紙幣の裏に印刷されている美しい湖とセブン ピークスである。何枚も写真を撮った。
 夜の夕食会で池袋のK支社長が魚釣りをしていたが、釣竿を木に引っかけて、川に転落して急流で少し流されたが、倒れていた大木にひっかかり、よじ登ったと話していてびっくりしてしまった。日本の川とは違うので怖いのに、認識不足だ。
 夜の9時30分になっても暗くならない。バンフとバンクーバーでは時差が一時間もあり900kmも離れている。
 昨夜はカルガリー大学のショウバンドのメンバーと共に、歓迎夕食会が開かれて、同じテーブルに日本語を学んでいるという中国人の女学生が座った。他にカナダの男女二名。皆さん片言の英語で会話をしていた。
 バンフ・スプリングホテルの食事はとても美味しい。ステーキが美味しい。ケーキがスゴイ。パンも美味しい。しかし、如何せん毎日同じメニューなのだ。日本から一流のシェフでも随行すれば、などと考える。しかし、これが地元流ということか。
 ホテルの売店で約5万円の虹色のアンモライトを買った。約2億年前のジュラ紀からアンモナイトと呼ばれる生物がロッキー山脈に接していた準熱帯海洋に生息していたが6500万年前に絶滅した。その奇跡の化石がアンモライトである。なぜ奇跡かというと地球上の至る所でアンモナイトの灰色の化石は発見されるのだが、ここアルバーター州のアンモナイトだけが虹色をしているのである。
1981年に国際貴金属宝飾連盟の委員会で虹色に輝くアンモナイトの化石をアンモライトと命名された。このアルバーター州しか産出しておらず貴重な資源となった。

6月1日(月)
 バンフ・スプリングホテルを後にしてエルカナランチに向かう。ロデオショウを目の前で見るのは初めてだ。アメリカからも腕を競うというか、一獲千金を狙う青年たちが来ていた。女性たちも見事な早馬を見せてくれた。中でもインディアンの女性が疾走する美しい姿にひと際観客がどよめいた。
 ロデオが始まる前の西部劇も見事だった。アクションが凄い。建物の上から干し草の上に飛び降りたり…。
 昼食はポークビーンズやステーキ、アイスクリームと古き良き時代そのままの食である。インディアンの織物を買いたいとバンフでもインディアンショップで探したが無かった。
 今は作れるインディアンがいないのだ、という人もいた。インディアンの青少年が踊りを披露してくれた。皆な若々しく十代のようだ。
 カナダは広大で人があまり住んでいない土地だ。カルガリー空港のオリンピック村に寄って空路バンクーバーに向かう。
 Hyatt Regency Hotel に宿泊する。
 表彰夕食会には各テーブルにD社長が回って来てテーブル毎に記念撮影をした。表彰された人たちがテーブル毎に起立するのだが、なにしろ400名以上もいるので、誰が誰なのかさっぱり分からない。池袋のK支社長がまたもや居眠りを始めて大船を漕ぎそうになり、テーブルにうつ伏せになる瞬間、照明がパーッと彼を照らし、ハッと目が開いた。また船を漕ぎ始める。すると又照明がパーァッ!このようなことが5、6回続いて、私たちのテーブル6番はそれを見ていて湧きに沸いた。隣のテーブルの人たちが何事かとこちらを見る。なにしろ、うす暗いホールの中で表彰代理店が起立するたびに、照明がグルグル廻るのでそんなハメになってしまった。結構面白い人がいるのだ。最初の日カルガリー空港でもK支社長は眠り込んでしまい、Wさんがそばにあった彼の帽子に小銭を入れたりしてからかい、川釣りでは川に落ちてしまうし…。Y代理店の妻が彼の妹だという、嘘のような本当の話だった。

6月2日(火)
 ブリティッシュ コロンビア州ビクトリア島訪問。バンフと違って温暖で美しい島だ。なかでもブッチャート ガーデン(The Butchart Gardens)は素晴らしかった。色とりどりの花たちが咲き誇り、花の女王のバラが正に咲き乱れていた。日本庭園もあった。手を掛け過ぎないで、なんとなく自然のままという感じがよかった。
 1904年石灰岩採掘場跡に工場主のButchart夫妻が世界の花や木を集めて造った53ヘクタールの庭園である。
 Victoria はB、C州の州都である。州議会議事堂やRoyal British Columbia Mussumを見た。博物館ではB、C州の自然や歴史に関する資料が展示されていて、100年前の街並みも展示されていた。カナダの先住民モンゴロイド インディアンが住んでいたが1849年イギリスの植民地となり、イギリス王妃ビクトリアからその名がつけられた。
 ウールのディスカウントの店で二人の子供と嫁にセーターを買った。
 なんとバンフ・スプリングホテルで自分用に買い求めたセーター1枚分と同じぐらいの値段で18000円。
 今朝は8:30~10:00まではMeetingでバンクーバー日系市民協会の会長であり、全カナダ日系人会長のG氏の公演を聴いた。遠くのテーブルで顔がよく分からなかったがテーマは「太平洋を挟む東西の大国」というものだった。カナダの国内問題は日本の27倍もある広大な国土に対して人口がたったの3000万人しかいない、ということであると語った。

6月3日(水)
 グレーター(都市圏)バンクーバー観光。グランビルアイランドのマーケットに行く。アメリカンチェリーが安い。お馴染みカナダ名物メイプルシロップを皆が買っていた。私も3本購入。
 キャピラノ溪谷(Capilano Canyon)ではウエスト バンクーバーとノース バンクーバーを隔てるCapilano Riverに架かる137mの吊り橋を渡る。大勢の人たちが一斉に歩くので揺れること揺れること、私は10mも進まず引き返してしまった。川面からの高さは70mだ。高所恐怖症の夫が平気で渡ったのには驚いてしまった。帰りの飛行機の中でKさんが話してくれた。どこかの人が後ろから渡りながら「この板は薄いな、1センチくらいか」とか「ロープが細くて老朽化している。」とか言うので生きた心地がせず、又、渡って戻らなくてはならないと思うとどうしようもなかった、と。つぶやきは聞こえないようにしましょう。
 さけのふ化場を見て、グラウス山(Grouse Mountain)にケーブルで登ってアメリカワシントンDCのベーカー山を見た。カスケード山脈にある火山だ。「富士山」と呼ぶそうで、なるほど、富士山のアメリカ版に見える。
Grouseとは雷鳥のこと。
 グライダーを楽しんでいた人々がいた。
 夜は3部の人たちとSea Food の店に行った。Dさんが「皆ビールを飲んだり、ウイスキーを飲んでいるんだなあ。」とテーブルを見まわしながら外に行こうとしたところ「アレッ?水?」テーブルのコップから人物に目を移すと、なんと、以前吉祥寺に住んでいた同じ教会員だったのである。世界は狭い。アメリカに住んでいて仕事でバンクーバーに来たそうだ。
 エルカナランチでもインディアンショップでも日本語を話している白人が土産物を売っていて、夫が「帰還宣教師かな?」というのでDさんが声を掛けるとやはりそうだった。89年に東北に伝道して日本の観光会社で働きたいがカナダ在住の日本人が多くて採用してもらえない、と言ったそうである。
 Sea Foodの店に行くときはタクシーで、帰りは地図を片手にDさん夫妻と4人で歩く。
 Regency Hotelはバンクーバーホテルの近くで、バンクーバーホテルの屋根は緑色なので大体どこからでも見えるからそれを目指してきて下さいとガイドの説明を受けた。
 その通りで、緑の屋根はどこからでも見える便利な目印だった。
 
 
 

  • 勇壮な景観と、日常を離れての旅行の雰囲気が
    伝わって来ました。
    いつか、仕事を気にせずに自然の中でゆったり
    過ごせたらいいなと思いますが、
    叶わぬ夢ですので、この紀行文で
    旅行気分を少しですが、味わえました。
    有難うございました。 -- 昼寝ネコ 2013-07-11 (木) 22:52:13

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