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2013.09.09 エッセイ「彫刻家の魂と信仰を観る」 投稿者:岸野 みさを

Milstein Plays Corelli's La Folia Variations
 
 
彫刻家の魂と信仰を観る
 
 
岸野 みさを
 
 
 
 16世紀のドイツにティルマン・リーメンシュナイダーというゴシツク彫刻家の巨匠がいました。デトバングの小さな村の教会で「クロイツ・アルタール」を見ました。「十字架上のキリスト」です。アルタール、すなわち祭壇になっているのです。木製は初めてでしたが、人類の贖いをなし終えて十字架上で息を引き取ったキリストの苦難に満ちた崇高な姿です。垂れた頭、その頭にくい込んでいる茨の冠、閉じた目の周りのしわ、こけた頬、髭や髪の毛の一本一本、さらされた体のあばら骨、脇腹の傷、そして手足に打ち込まれた釘。
 イザヤが予言して言った「しかし彼はわれわれの咎のために苦しまれ、われわれの不義のために砕かれたのだ。彼は自ら懲らしめを受けて、われわれに平安を与え、われわれはその打たれた傷によって癒されたのだ」と。芸術家の魂と信仰がキリストの贖いの姿を見る者に迫ってきました。

 クリクリンゲン村のヘルゴット教会では「マリエン・アルタール」を見ました。リーメンシュナイダーは11mの菩提樹の木を使い、中央に聖母マリヤが昇天していく姿を彫りました。聖母マリヤの神々しさはすでにこの世のものではありません。合掌した両手も美しく、身に着けているドレスのひだはヒラヒラと揺れているようです。裏側には丸窓のようにガラス窓がなっていて、太陽が傾いていくにしたがって差し込んでくる光が人物の表情に変化を与える、と現地のガイドが説明していました。
 宗教改革が始まった時、村人たちはマリエン・アルタールの左右のパネルを閉じて、死者のための花輪を置く板として使ったそうです。それで30年戦争の破壊から免れたのですが、同時に世の人々から忘れ去られました。1832年、末日聖徒の教会が設立された2年後に、ある芸術愛好家がこのパネルを開いて、ようやく人の目に触れるようになりました。

 ヤコブ教会では「ハイリッヒ・ブルート・アルタール」を見ました。「最後の晩餐」です。
「あなたがたの一人がわたしを裏切ろうとしている」とイエスが言われ、銭袋を握りしめているユダに、一切れのパンを渡して「しようとしていることを、今すぐするがよい」(ヨハネ13:21-27)と話された場面です。テーブルを囲んでいる弟子たちのそれぞれ異なる表情がその場の動揺とざわめきを伝えてきます。顔を横に背けている弟子はリーメンシュナイダー自身を描いたということです。
 リーメンシュナイダーはヴォルツブルグの市長もやりました。現代では芸術家が市長になることは考えられませんが、当時はごく当たり前のことでした。1525年に起こった農民戦争で彼は農民の味方をしたために、マリー・エンベルク城に閉じ込められて拷問を受けています。釈放されてからは、市参議会から追放されて、財産も没収されました。また釈放後に作品を一点も製作できなかったのは、拷問を受けた時右腕をへし折られたからだ、という説があります。1531年7月7日に70歳を迎えたところでこの世を去りました。それから500年彼の作品は全世界のイエス・キリストを信じる人々に霊感を与え信仰を鼓舞してきました。また世界中の観光客を呼び込んで外貨を獲得して国を潤しています。

 

  • 私はあまり、宗教音楽や宗教画に親しんでいません。
    ですので、大変新鮮な気持ちで読ませていただきました。
    印象に残る文章を有難うございます。 -- 昼寝ネコ 2013-09-09 (月) 18:05:06
  • 聴きなれてくると気持が落ち着き、癒されていることが分かるようになります。それが、はるかなる時空を超えて不滅の名曲となる所以ではないでしょうか。 -- 岸野みさを 2013-09-09 (月) 18:17:25

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