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2013.10.14 創作短編「彼方から甦る記憶」 投稿者:昼寝ネコ

Astor Piazzolla - Tristeza de un doble "A"

 
 
彼方から甦る記憶
 
 
昼寝ネコ
 
 
 
朝を迎え、浅い眠りから目覚めると
また新しい一日が始まったのかと、軽いため息が出る。
いつまでこの単調な繰り返しの日々が続くのか・・・
最近はそう感じるようになっていた。

数年前には、すでに女性の平均寿命を超えてしまっていた。
役所からの事務的な手紙以外は、個人的な便りもなく、
たまに通信販売のカタログが送られてくるだけだった。
間違い電話以外に、ベルが鳴ることはなかったし、
誕生日にカードが届くこともなくなって久しい。

雑踏の賑わいがかすかに聞こえる。
早朝の散歩も途切れ途切れになり、世の中との距離が
ますます広がっていることを感じる。
なんの役にも立たない老女に、関心を向ける人はいない。

小学校の定年を機に、郊外に住まいを移そうと考えていた。
だが、いくつかのボランティア活動に携わっていたので
交通の便を考えると、ついつい億劫になってそのまま
市の中心部に住み続けている。

なんの脈絡もない記憶が、突然甦ることが多くなった。
子どもの頃から、父親の記憶は途切れてしまってる。
母が疲れた表情で仕事から帰ってきた姿、
大学で教育学を学び、市内の私立小学校に職を得たときの
母の嬉しそうな表情。
女手一つで私を育て上げた苦労が、報われた瞬間だったのだろう。

数少ない出会いと恋愛、そして短かった結婚生活と夫の死。
そんな私の姿を見て、母はいつも言葉ではなく
表情で私のへの心配を表していた。
息を引き取る間際も、私の手を強く握り、
涙を浮かべた目で私を見ながら、結局は
何も言葉を発しないまま、還らぬ人となった。
あのとき、母は何を伝えたかったのだろうか。
今でもときどき考えるが、結論に達してはいない。
子どものいない私には、母親の心情が理解できないのだろう。

けだるい身体を引きずって、玄関脇の郵便受けに下りると、
珍しく、封書が入っていた。「招待状在中」と書いてある。
エレベータの中で差出人を確認したが、覚えがない。

開封すると、受賞記念講演会への招待と書かれていた。
教育分野で功績のあった人物に、国が授与する
栄誉ある賞であることはよく知っている。
教師を定年で辞し、何十年にもなる私に?
何かの名簿からリストを作り、招待状を発送するときに
私の名前が紛れ込んでしまったのだろう。

一枚の手書きのカードが、一緒に入っていた。
受賞者であり、その日の講演者である人物が
署名入りで「必ず出席をしていただきたい」と
書いてある。間違いなく教え子の名前ではない。
不思議な気持ちだったが、素直に招待に応じる気になった。

   *  *  *  *  *

その日は初秋の快晴だった。
久しぶりの外出だったが、気分は良かった。

会場は市のコンサートホールで、
受付で招待状を提示すると、席まで案内するという。
案内係が先導し、着席を促されたのは最前列の中央だった。
まだ目は十分に見えるし、補聴器の世話にもなっていないのに。

講演者が登壇した。教育者らしく、好感の持てる表情だった。
「現代教育における知育と人格」というのが講演テーマだったが、
いわゆるエリート学者にはない、苦労の痕跡を感じた。
大ホールなので少なくとも2千席以上はあるだろうか。
振り向いてみると、ほぼ満席状態だった。

講演が終盤にさしかかったころ、数秒間の沈黙があった。
気のせいかも知れないが、彼は私の存在を確認するように
視線を向けると、また話し始めた。

「子どもの頃、私は母子家庭で貧しい生活でした。
母は病気がちだったため、学校に通うことができない状況でした。
でも、学校がどんなところなのか知りたくて、
ときどき近所の小学校の敷地に入り、窓から教室の中を覗きました。
自分と同じ年格好の、身なりのいい子どもたちが
教壇の先生に視線を向け、授業に聴き入っていました。

ある日、窓の外から授業の様子を見ていた私と
先生の目が合ってしまいました。
一瞬、身動きできなくなった私を、先生は咎めるのではなく、
逆にほほえみ返してくれたのです。
そして、最後部の生徒に、窓を少し開けるよう指示しました。
初冬の寒い日でしたので、生徒達は怪訝な表情でしたが、
おかげで私は、授業を目だけでなく、耳でも聞くことが
できるようになりました。

さすがにその後は、学校に行くことがためらわれました。
でも、どうしてもあの先生の授業を聴きたくて、
数日後にまた、そっと教室の窓下に近づきました。
寒い日でしたが、先生の指示で、また窓が少し開けられました。
そのうち先生は生徒に話しをながら、教壇から
ゆっくりと教室の後ろに向かいました。そして
少しだけ開いている窓に近づくと、生徒に気づかれないように
私にほほえむと、用意してあった紙袋を
そっと渡してくれたのです。

家に帰って紙袋を開けると、中には何冊かの教科書が
入っていました。チョコレートとキャンデー、
そして手作りのクッキーも入っていたのです。

カードが1枚添えられていました。
このように書かれていました。
『艱難は忍耐を生じ、忍耐は練達を生じ、練達は希望を生ず。
(聖書の言葉) あなたの教師でもある ハンナ・ウェンズより』」

私は次第に顔を伏せて聴いていた。涙を人に見られたくなかったから。
話しの途中でもしやと思った。そして途中からそれは確信に変わった。
あの窓下の男の子が、教育者として立派に成長した姿を見ている。
どのような経緯があったか知る由もないが、困難にめげず、
並々ならぬ努力を重ねたことは容易に想像できる。

「真の教育者である私の先生を・・・ハンナ・ウェンズ先生を
皆さんにご紹介します」
私は自分の名前が呼ばれて我に返った。
拍手の中で登壇を促され、彼は立ち上がって私を迎えた。
お互いに感情を抑えきれず、強く抱きしめ合った。

「これが、紙袋に入っていた教科書です」
彼は私の肩を抱きながら、ぼろぼろにすり切れた
何冊かの教科書を聴衆に掲げて見せた。
「チョコレートやクッキーは記憶にしか残っていません」
聴衆の笑い声が響いた。

年齢の割には少し派手すぎるかな、と迷った挙げ句、
今日ばかりは、地味なドレスを選んだことが悔やまれた。
涙で曇った目の向こうに、滅多に見ることができなかった
母の笑顔を見たような気がした。

*創作メモ:ある国の法律では外国の宗教が禁じられていたので、教会の窓の外にただ座っていた人がいたそうです。その人のために、誰かが内側からそっと窓を少し開けて説教を聞けるようにしてあげた、というエピソードを聞きました。いいお話しだと思ったので、時代や内容の設定を変えて創作してみました。
 
 
 

  • 素敵な物語です。ぜひ声を出して読みたい気持ちにかられます(^^;; -- 中塚 2013-10-14 (月) 14:00:22
  • 中塚姉妹へ

    有難うございます。
    創作って、書こうと思っても、そう簡単には
    書けるものではないのですが、何かのきっかけで
    イメージが湧くと、なんとか文章にすることができます。

    でも、文字で読むよりは、声優さんの声で聴いた方が
    ずっとリアリティが増すだろうなと思います。

    -- 昼寝ネコ 2013-10-14 (月) 14:20:29
  • 善い行いの種が結実に至るにはこの世の時でも50年位はかかるのですね。 -- パシリーヌ 2013-10-14 (月) 17:43:27
  • パシリーヌさんへ

    そうなんでしょうね。
    自分の人生にはもう、何もないと思っている人に
    長い年月に醸成された評価が訪れるなんて、
    なかなかいい話しだと、そんな気持ちで作りました。 -- 昼寝ネコ 2013-10-14 (月) 17:57:04

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