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2013.12.31 思いつき創作短編「ネコ屋のまたたびクッキー」 投稿者:昼寝ネコ

Astor Piazzolla - Asleep - Kronos Quartet
 
 
思いつき創作短編「ネコ屋のまたたびクッキー」
〜大人になりきれない大人のための童話
 
 
 

昼寝ネコ

 いつの間にか、誰も知らないうちに、商店街の外れに小さな店がオープンしました。小さな木の看板に書かれた店の名前も小さくて、近くに寄らないと読めないほどでした。
 「ネコ屋」というのが店の名前でした。「ネコ屋?」一体、何を売っているのだろうかと、誰もが不思議に思いました。なので、勇気を出してお店の中に入る人は一人もいませんでした。お店がオープンしても、中に入るお客さんを見たことがありません。

 数日後、不思議な光景を目にしました。「ネコ屋」の周りにたくさんのネコが集まり、気持ちよさそうに目を閉じながら、じっとしているのです。白い毛のネコ、白黒まだら模様のネコ、三毛猫など、種類は様々でした。小さな子どもたちがこの不思議な光景を目にし、家に帰ってお母さんに報告しました。
 次の日、大人たちが何人か集まって相談しました。その結果、ネコが群がる「ネコ屋」が、なんとなく薄気味悪いので、商店会の会長さんの所に相談しに行こう、ということになったんです。

 お母さんたちの訪問を受けた会長さんは驚きました。一体、何が起こったのだろうと思ったのです。でも、ことの次第を聞くと頷いて、説明してくれました。

 商店会の会長さんの説明によれば、あの店はもともとは「下駄屋」さんでした。江戸時代に、下駄を作る腕のいい職人さんがいて、下駄屋さんを始めたのですが、その子孫が代々ずっと下駄屋を引き継いでいたというのです。でも、下駄を買う人がどんどん少なくなり、昭和の終わり頃からは、間口が一間半の小さな店になってしまいました。なので、誰もあんな所に下駄屋さんがあったなんて気がつかなかったのでしょう。

 その下駄屋の最後のご主人が息を引き取ったのは、去年の暮れのことでした。まだ七十歳前でしたが、生涯独身を通したご主人の家族は、妹さん一人だけでした。それと、十数年かわいがっていたネコが一匹残されました。ご主人からは「ひなちゃん」という名で呼ばれていました。

 妹さんは、十代の頃から声楽の勉強のため、イタリアに渡り、長くミラノでオペラ歌手になるための修業をしていました。
 ある日、演奏旅行で東ヨーロッパの小さな王国を訪れました。国土の面積は小さいのですが、国中にたくさんの森がありました。休演日のある日、妹さんは「妖精の住む森」という名前に惹かれ、地図を頼りに、独りで森の中に入っていきました。樹齢数百年と思わせる木々が生い茂っていました。太陽の光を、樹木が遮っていて暗くひんやりした森でした。不思議と不安を感じずに、細い道を歩いて行きました。
 すると前方に、何かが輝いて動いているのです。よく見ると、それは光る鳥でした。その鳥は、まるで妹さんを案内するかのように、人間の歩く速度に合わせて前に進みました。どんどん森の奥深くに進んだのです。

 やがて、急に視界が開けました。煙突のある小さな石造りの家が、ぽつんと建っていました。入り口に立つと、まるで待ち構えていたようにドアが開き、おばあさんが出てきたのです。中に入るよう手招きされ、妹さんは家の中に入りました。少し腰の曲がった白髪のおばあさんでした。暖炉の前には、何匹かの犬とネコが寝そべっており、不意の来客を興味深そうに眺めていました。
 おばあさんは何か話しかけてくるのですが、何語なのか理解できませんでした。妹さんは、日本語はともかく、英語やイタリア語、フランス語、ドイツ語、スペイン語を話しますが、もしかしたら近隣国のポーランドかルーマニアの言葉だったのかもしれません。なのでおばあさんは、英語で話すようになりました。流ちょうな英語でした。

 なぜ初対面の自分に警戒心を持たず、いろいろことを教えてくれるのか不思議に思いました。おばあさんは、父親がこの国の国王だったというのです。自分がまだ小さかった頃、他の国から逃れてきた一族がこの小さな国に住むようになり、あっという間に勢力を増やして、国王夫妻を幽閉しました。森の奥深くにあった頑丈な建物には何人もの見張りが立ち、国王夫妻は生涯を終えるまで、幽閉されたままでした。国王夫妻は生きている間、おばあさんにいろいろな知識や教えを与えました。いくつもの外国語、自然の仕組み、国の成り立ち、人間の幸福、動物たちの命など、おばあさんは吸い取るように知恵を増しました。
 いつの頃から、またどのようなきっかけによるのか分かりませんが、おばあさんは植物の持つ力が、人間や動物の心に及ぼす影響に興味を持つようになりました。森の中からあらゆる木の葉や実を集め、果樹園を作ってたくさんの種類の果物を栽培しました。そして、寒い国からは新鮮な小麦を取り寄せ、その中に練り込んで焼いてみたのです。最初はなかなかうまくいきませんでした。でも、徐々に飼い犬やネコが好む味を作れるようになりました。気がつくと、森の中から野生の動物たちも寄ってきて、おばあさんの手から焼き菓子を与えられ、穏やかに過ごすようになりました。
 ある日、村の市場に焼き菓子を持っていき、売ってみました。最初は誰も寄りつきませんでした。でも、いつの間にか周りにネコや犬たちが寄ってきて、目を閉じたままじっとしているのです。そのうち、子どもがせがんで焼き菓子を買ってもらい、口に入れました。明らかに表情が変わりました。この噂はあっという間に村中に広まり、短気な人は穏やかになり、絶望している人の心に希望が宿り、憎しみ合っていた人たちでさえ親友同士になる、そんな不思議なお菓子があることを知る人が増えました。

 おばあさんとのお話しを終えると、妹さんは後半の演奏会をこなし、ミラノに帰りました。次の公演旅行のプログラムは、プッチーニの「蝶々夫人」でした。日本人である妹さんに蝶々さん役が回ってきており、すぐに練習が始まりました。ほぼ出ずっぱりの舞台なので、集中力が必要でした。練習を終えると、いつもあのおばあさんとの不思議な会話が思い出されました。まるで、夢の中のできごとのような、それなのにとても現実的で鮮明な印象として残っているのでした。

 公演旅行を無事に終えると、しばらく休暇を取ることができました。妹さんは迷うことなく、あの東ヨーロッパの小さな王国を訪ねることにしました。森に入っても、迷わずにおばあさんの家にいきつくことができました。入り口の前に立つと、待ち構えていたようにドアが開き、おばあさんが出迎えてくれました。不意の訪問なのに驚いた様子はありませんでした。「あなたがまた、いらっしゃることは分かっていました」そういうと、妹さんを招き入れました。
 おばあさんは、居間の隅に案内するとドアを開けました。冷気が全身を包みました。地下室に下りる階段だったのです。おばあさんの後について地下室に下りると、息を吞みました。小さな家なのに、地下室はとても広いんです。壁や部屋全体には、まるで図書館のように大きな棚が設置され、さまざまな大きさのビンや保存容器が並べられていました。森や果樹園から集めたあらゆる植物や果物、それと世界中から集めた乾燥果実が保存されているというのです。一番奥の、明かり取りのあるコーナーには、膨大な量のレシピがファイリングされていました。

 おばあさんと妹さんは、一晩中話し込みました。翌朝、目が覚めてからベッドの中でしばらくの間、考えごとをしていました。日本を離れてイタリアにいく決心をした頃の自分。何かから逃れようとしていたのではないだろうか、とふと感じました。今までの年月も、オペラに熱中することで何かを忘れようとしていたのではないだろうかと、思い始めたのです。夕べのおばあさんの言葉が、強い印象となって心の中に残っていました。
「憎しみや恨みの感情をいつまでも持ち続けてはいけないのです。大衆の心が憎悪に満ちている国は、やがて衰退しいずれは滅亡します」
 おばあさんは、自分の人生と重ね合わせていっているのだろうと思いました。とても説得力がありました。
「あなたが、オペラ歌手として一生を送るのは尊いことだと思います。生きる上で、誰にでも使命感は必要です。もしあなたが人の心に感動と平安を与えることが、自分の使命だと感じたら、いつでも私の所にいらっしゃい」
「森の賢者と呼ばれているフクロウが何年も前から、『東洋から来た歌姫が、東洋で森を再現する』と、わたしに告げていました。今その意味が分かったような気がします」

 ミラノに戻った妹さんは、翌日歌劇場の事務所を訪ね、辞職する旨を伝えました。周りは驚き、慰留しようとしましたが、妹さんの決意は揺るぎませんでした。その週には家財を処分し、森のおばあさんの家に向かったのです。
 

*   *   *   *   *
 

 商店会長さんによれば、下駄屋のご主人の妹さんは、二十年以上を森で過ごし、おばあさんからレシピを学んだそうです。そして下駄屋のご主人が亡くなる一週間前に、ネコの「ひなちゃん」が妹さんの夢に現れました。夢の中の「ひなちゃん」は何も言葉を発せず、ただ妹さんを見つめるだけでした。でも、妹さんには予感があり、おばあさんと相談を始めました。二十年以上経っても、おばあさんは相変わらず、おばあさんのままでした。
 下駄屋のご主人の訃報を知らされてすぐに、妹さんは葬儀のため帰国しました。そして数週間後、妹さんは商店会長さんを訪ね、下駄屋を改装して東ヨーロッパの森に伝わる、焼き菓子屋を始めたいと相談しました。それまでの経緯を聞いた商店会長さんは賛意を示し、小さなお店がオープンしたことになります。店の名前はとくにこだわらなかったのですが、ネコの「ひなちゃん」と一緒に始めることになるので、「ネコ屋」というへんてこな名前に決まりました。
 
 説明を聞いたお母さんたちは怪訝な顔をしていましたが、一応は納得したようでした。そして、好奇心で「ネコ屋」の焼き菓子を買ったお母さんたちは、不思議な効果を目の当たりにして、周りの人たちに伝えました。今では、あの森の家と同じように、犬やネコたちが「ネコ屋」の周りで目を閉じ、穏やかに過ごしている姿が、実質的な店の看板になっています。目立たない小さな店ではありますが、少しずつ、人の心の中に巣くう不安や憎悪、失望を薄めていることは間違いありません。「ひなちゃん」が店番をしていることもあり、誰しもが「焼き菓子」といわずに「ネコ屋のまたたびクッキー」と呼ぶようになっています。
 
 
 

  • 食べれば人が幸せになるという不思議なクッキーの作り方を継承できたのは幸運でした。命の木の実のようだと思いました。
    一句献上。ー幸せな我らシオンに除夜の鐘ー
    1年間ありがとうございました。 -- パシリーヌ 2013-12-31 (火) 20:49:27
  • パシリーヌさん

    いつもコメントと俳句を有難うございます。1年があっけなく終わるのが惜しい気もしますし、心新たに新年を迎えるのもいいかなと思ったりしています。雪の中の新年はいいでしょうね。 -- 昼寝ネコ 2013-12-31 (火) 20:56:21

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