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2014.04.14 エッセイ「イエスの母マリヤ〜聖書の中の女性たち」 投稿者:岸野 みさを

The Best of Schubert
 
イエスの母マリヤ〜聖書の中の女性たち 
 
 
岸野 みさを
 
 旧約聖書、新約聖書に登場する女性は約140人と言われています。ある時、日曜学校の教師が「新約聖書の中の女性で誰に会ってみたいですか?」と質問しました。
 会ってみたい人は全員ですが一人だけと限定されたのでそれは「イエスの母マリヤ」と答えました。
 マリヤはこの世に生まれ出る何世紀も前にその名前と使命が聖なる予言者たちに示されていました。ニーファイが荒野で示現にみた「どんなおとめにも勝って美しく、また麗しいおとめ」(第1ニーファイ11:15)であり、「肉に関して神の御子の母」(第Ⅰニーファイ11:18-20)となって、エルサレムの神殿でシメオンに「あなた自身もつるぎで胸を刺し貫かれるでしょう」(ルカ2:35)と予言されました。このシメオンは「主のつかわす救い主に会うまでは死ぬことはないと聖霊の示しを受けていた」人です。(ルカ2:26)
 この預言の通り、マリヤはキリストが生身の手足に釘を打ち込まれるのに耐え、はりつけを目撃して、まさに剣で胸を刺し貫かれた女性となりました。
子を抱く母の姿は女性の最も崇高な姿であるといわれていますが、気高いキリストの母と神の愛を象徴する幼子イエスを抱く聖母子像によって、中世において西ヨーロッパから聖母信仰が生まれ、広がりました。
 今や、時代を越え、民族を越え、宗教を越えて、マリヤは「美しく尊い母」の典型として絵画、音楽、文学、彫刻などの芸術家たちのモチーフとなり、2000年以上も人類の心の中に生き続けている、世界史上最も愛されている女性です。

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 ラファエロ、ミケランジェロ、ヘンリー・ムーアー、レンブラント、ミレー、ダヴィンチ、グレコ、ルーベンスと数多くの芸術家たちの中でも聖母子画家といわれ37歳の生涯の中で50点の聖母子を描いたラファエロ・サンティの最後の作品となった「システィーナの聖母」は特に愛されている作品です。下部に何ともあどけない仕草の二人の子どもの天使が描かれている絵で、1513年から1514年に製作されました。この二人の天使は切手や絵葉書やTシャツにプリントされていて私もミラノでTシャツを一枚買い求めました。
 また、幼子がマリヤの足の上に小さな自分の足をちょこんと乗せている「鶸(ひわ」の聖母」(1506年)は(KINA ITALIAによる絵葉書)もう一人描かれている幼子、バプテスマのヨハネから鶸を受け取ろうとしています。それは後のキリストの受難を象徴しているそうです。

「SCALA/東京書籍」

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 彫刻ではミケランジェロを挙げたいと思います。
 ヴァチカンのサン・ピエトロ大聖堂で観たミケランジェロ25歳当時に製作した第一のピエタは、(写真)架刑の後、息絶えたキリストを抱きかかえている、聖母マリヤの若い頃の姿です。
 ピエタとは慈悲とか、悲しみという意味だそうですが、神の手を持つといわれた、天才ミケランジェロ・ブオナローティによって、固い大理石が聖母子像の奇跡を生み出しているのです。
 ミケランジェロは四体のピエタを製作しましたが、完成しているのはこのサン・ピエトロ大聖堂の第一のピエタだけで、89歳で亡くなるまで製作を続けていたという、未完のロンダニーニの第四のピエタはすでに両眼の視力も失われた状態で製作していたといわれています。ミラノのスフォルツェスコ城博物館で観ました。

 何故ミケランジェロはそこまでピエタに自らの命を注ぎ込んでいたのでしょうか? 
 
 
 
               
 聖典から学びます。
 「恵まれた女よ、おめでとう。主があなたと共におられます」
(ルカ1:28)驚くマリヤに
 「見よ、あなたは身ごもって男の子を産むでしょう。その子をイエスと名づけなさい。彼は大いなるものとなり、いと高き者の子と、となえられるでしょう。そして、主なる神は彼に父ダビデの王座をお与えになり、彼はとこしえにヤコブの家を支配し、その支配は限りなく続くでしょう」(ルカ1:31:33)
ナザレに住む処女マリヤに天使ガブリエルが訪れて、イエス・キリストの降誕を告げました。
 「どうしてそんな事があり得ましょうか。わたしにはまだ夫がありませんのに」(ルカ1:34)マリヤは答えました。
 「聖霊があなたに臨み、いと高き者の力があなたをおおうでしょう。それゆえに生まれ出る子は聖なるものであり、神の子ととなえられるでしょう」
そしてガブリエルは親族で不妊の女といわれていたエリサベツも身ごもっており、はや6か月になっている、「神にはなんでもできないことはありません」と告げました。
 マリヤは「わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身に成りますように」と答えました。
 そしてマリヤは大急ぎでエリサベツのところへ向かいます。
エリサベツは「あなたは女の中で祝福されたかた、あなたの胎の実も祝福されています。主の母上がわたしのところへきてくださるとはなんという光栄でしょう。ごらんなさい。あなたのあいさつの声がわたしの耳に入ったとき、こどもが体内で喜びおどりました。主のお語りになったことが必ず成就すると信じた女は、なんとさいわいなことでしょう」(ルカ1:41-45)と言いました。
 「わたしの霊は主をあがめ、わたしの霊は救い主なる神をたたえます。
この卑しい女をさえ、心にかけてくださいました。今からのち代々の人々は、わたしをさいわいな女と言うでしょう。力あるかたが、わたしに大きな事をして下さったからです。

そのみ名はきよく、
そのあわれみは、代々限りなく
主をかしこみ恐れる者に及びます。
主はみ腕をもって力をふるい、
心の思いのおごり高ぶる者を追い散らし、
権力ある者を王座から引きおろし、
卑しい者を引き上げ、
飢えている者を良いもので飽かせ、
富んでいる者を空腹のまま帰らせなさいます。
主はあわれみをお忘れにならず、
その僕イスラエルを助けて下さいました、
わたしたちの父祖アブラハムとその子孫とを
とこしえにあわれむと約束なさったとおりに」

(このルカ1:46-55は「聖マリヤの頌」というミサ曲になって歌われています)
 マリヤは、エリサベツのところに三か月ほど滞在してから、家に帰った。(ルカ1:46-56)

 この後マリヤは身重であるにもかかわらずロバに乗ってヨセフと共に人口調査の登録の為にベツレヘムに上って行きました。そこで月が満ちて、泊まる宿もなく馬小屋で出産しました。
 ナザレではなく、ダビデの故郷であり、彼の父エッサイとその先祖の地ベツレヘムはメシヤの誕生の地として預言されていて(ミカ5:2)それが成就されました。

 馬小屋でひそやかに誕生された幼子が救い主キリストであることを最初に知らされたのは野宿しながら羊の番をしていた羊飼いたちでした。
 それに続いて東の方から星に導かれて、ユダヤ人の王の誕生を拝しにきた博士たちでした。
 マリヤとヨセフは八日目に天使ガブリエルが告げたとおり幼子をイエスと名づけました。(ルカ2:21)
 そして40日が過ぎてマリヤとヨセフはエルサレムの神殿にイエスを連れて行き「救い主に会うまでは死ぬことはない」と聖霊に示されていたシメオンと女預言者アンナによって幼子が待ち望んでいた救い主であることを宣言されました。「……この救いはあなたが万民のまえにお備えになったもので、異邦人を照らす啓示の光、み民イスラエルの栄光であります」
 父と母とは幼子についてこのように語られたことを不思議に思った。(ルカ2:31-33)
 シメオンはマリヤに「そしてあなた自身もつるぎで胸を刺し貫かれるでしょう」(ルカ2:35)と言いました。

 三人はヘロデ大王の二歳以下の男の幼児虐殺令(マタイ2:16)を逃れて、砂嵐の砂漠を越えてエジプトへ逃れました。

 このヘロデ大王は(マタイ2:1-18)残忍な行為が多く血縁であっても彼の疑惑によって殺された者が多く、晩年は悪病にかかり70歳で死にました。彼の第二子であるヘロデ・アンティパスはキリストに「狐」と呼ばれるほど、迷信深く、狡猾、放銃で自分の兄弟であるピリポの妻ヘロデアと結婚したときバプテスマのヨハネに「自分の兄弟の妻をめとるのは、よろしくない」(マルコ6:18)と、モーセの律法に反する不法な結婚であることを指摘されました。彼はヨハネを捕えて獄に繋ぎ、ついにヘロデアにそそのかされた連れ子サロメの余興の所望により、バプテスマのヨハネの首を斬首してお盆にのせて持ってこさせた人物である。
 また、イエスの十字架の前にピラトから送られてきたイエスを審問したのもこの王であった。(ルカ23:7-12)晩年はローマ皇帝カリグラによって流刑された。

 ヘロデ大王の死によってヨセフとマリヤと幼子はイスラエルに戻りナザレに住みました。
 「幼子はますます成長して強くなり、知恵に満ち、そして神の恵みがその上にあった」(ルカ2:40)ナザレに在ってイエスは「ますます知恵が加わり背丈も伸び、そして神と人から愛された」(ルカ2:52)

 イエスが12歳の時過ぎ越しの祭りに家族でエルサレムに上って行きました。
ところが祭りが終わって帰路イエスはいなくなりました。マリヤとヨセフは親族や知人の中を捜し始めましたが見つからないのでエルサレムに戻りました。そして三日の後に神殿の中で学者たちの真ん中に座って、彼らの話を聞いたり質問したりしているイエスを捜し当てました。
 マリヤは心労の果てにイエスを叱りました。「どうしてこんな事をしてくれたのです。ごらんなさい。おとう様もわたしも心配して、あなたを捜していたのです」するとイエスは「どうしてお捜しになったのですか。わたしが自分の父の家にいるはずのことを、ご存じなかったのですか」と言いました。しかし、両親はその語られた言葉を悟ることができなかった。…母はこれらの事をみな心に留めていた。(ルカ2:41-51)
 この12歳の出来事を最後に以後20年間近く空白期となり、従ってヨセフや母マリヤの記録もありません。

 イエスの最初の奇跡である「カナの結婚」でマリヤが再び登場します。
 「ガリラヤのカナに婚礼があってイエスの母がそこにいた。イエスも弟子たちもその婚礼に招かれた。ぶどう酒がなくなったので、母はイエスに言った。『ぶどう酒がなくなってしまいました』イエスは母に言われた、『婦人よ、あなたは、わたしと、何の関わりがありますか。わたしの時はまだきていません』母は僕たちに言った。
 『このかたが、あなたがたに言いつけることは、なんでもして下さい』
そこには、ユダヤ人のきよめのならわしに従って、それぞれ四、五斗もはいる石の水がめが六つおいてあった。イエスは彼らに『かめに水をいっぱい入れなさい』といわれたので、彼らは口のところまでいっぱいに入れた。そこで彼らに言われた。『さあ、くんで、料理がしらのところに持っていきなさい』(ヨハネ2:1-11)

 イエスは何の言葉を発することもなく、水をぶどう酒に変えました。奇跡を行う時期ではないと言いながらも母マリヤの頼みを聞きいれたのです。
 このカナでは二番目の奇跡も行われました。(ヨハネ4:46-54)
 この後イエスはメシヤである「しるし」として「盲人は見え、足なえは歩き、重い皮膚病にかかった人はきよまり、耳しいは聞こえ、死人は生きかえり…」(マタイ11:5)と神の救いの「力ある業」(使徒19:11)を行いました。
 不可能を可能にする神の全能の前にあっては、人による科学的分析が功を奏することはありません。
 イエスは信仰のない人々の中で奇跡を行うことはしませんでした。
ナザレに行き会堂で人々に教えられた時「この人は、この知恵とこれらの力あるわざを、どこで習ってきたのか。この人は大工の子ではないか。母はマリヤといい、兄弟たちはヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダではないか。またその姉妹たちもみな、わたしたちと一緒にいるではないか。こんな数々のことを、いったいどこで習ってきたのか。……。そして彼らの不信仰のゆえに、そこでは力あるわざをあまりなさらなかった」(マタイ13:54-58)

 悪霊につかれている人を癒したときパリサイ人たちは「この人が悪霊を追い出しているのは、まったく、悪霊のかしらベルゼベルによるのだ」(マタイ12:22-45)と言いました。
 その時、イエスの母と兄弟たちとが、イエスに話そうと思って外に立っていました。
 「ごらんなさい。あなたの母上と兄弟がたが、あなたに話そうと思って外に立っておられます」イエスは知らせてくれた者に答えて言われた。「わたしの母とはだれのことか。わたしの兄弟とはだれのことか」そして弟子たちの方に手をさし伸べて言われた。「ごらんなさい。ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。天にいますわたしの父のみこころを行う者はだれでも、わたしの兄弟、また姉妹、また母なのである」(マタイ12:46-50)
 これを聞いたマリヤがどのように思われたのか記録されていませんがイエスに話したいことがあったので群衆に取り囲まれているイエスの話が終わるのを待っていたと思われます。「天にいますわたしの父のみこころを行う者はだれでも、わたしの兄弟、また姉妹、また母なのである」という言葉をしっかりと受け止めていたことでしょう。
 
 
 
 
 キリストは十字架上から激痛に耐えながらもマリヤをみて言いました。「婦人よ、ごらんなさい。これはあなたの子です」それからこの弟子に言われた「ごらんなさい。これはあなたの母です」その時以来、この弟子はイエスの母を自分の家に引きとった。(ヨハネ19:25-27)
 
 聖書でマリヤが最後に記述されているのはキリストの昇天後、オリブ山を下りエルサレムの泊まっている屋上の間にあがり、「彼らはみな、婦人たち、特にイエスの母マリヤ、およびイエスの兄弟たちと共に、心を合わせて、ひたすら祈りをしていた」(使徒行伝1:12-14)という箇所で終わっている。

 こうしてイエスの母マリヤの生涯を辿ってみると「わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身になりますように」とガブリエルに答えた一言に尽きると思います。
 神の救いの計画を従順に受け入れた「尊い、選ばれた器」(アルマ7:10)だったことを確かに証明されました。
 
 
 

  • いつもながら、とても勉強になります。ただ聖書を読むだけでなく、周辺の知識が加わると、聖書の世界がふくらんでききて、イメージが豊かになりますね。有難うございます。 -- 昼寝ネコ 2014-04-14 (月) 22:44:05
  • 昼寝ネコさま
    ところであなた様は新約聖書の中の女性でどなたに会ってみたいですか? -- 岸野みさを 2014-04-15 (火) 14:43:23
  • 岸野みさを姉妹
    新約ですか?マグダラのマリアを見てみたいです。どんな風貌でどんな生い立ちなのか。料理は得意なのか、目はでかいのか、ヘアスタイルはどんな感じか興味があります。 -- 昼寝ネコ 2014-04-15 (火) 21:05:38
  • 昼寝ネコさま
    やはり女性は風貌ですか?生い立ちはガリラヤ湖の西岸ガリラヤ出身で「七つの悪霊」に苦しめられていましたがイエスに癒されて、従いました。(ルカ8:2、3)
    言うまでもなく、
    ヨハネ19:25
    マルコ15:47
    マルコ16:1、9
    ヨハネ20:11-18 
    に更なる詳細が載っています。 -- 岸野みさを 2014-04-15 (火) 21:56:28
  • 岸野みさを姉妹
    マグダラのマリアは、キリスト教の宗派によって異なる捉え方をされているようです。聖書に記載されている断片的な記述だけからは、どうしても見えてこない神秘性を感じています。マグダラのマリアを様々な画家が描いていますが、聖人のようでもあり、しかし一部の宗派では娼婦だったという説もあり、ミステリアスな存在です。オラシオ・フェレールがモノローグの脚本を書き、ピアソラが作曲した「ブエノス・アイレスのマリア」は、逆に亡くなった娼婦マリアの中に聖なるものを嗅ぎ取る、というストーリー展開なものですから、そのマリアのイメージとマグダラのマリアのイメージが重なってしまいます。でも私は聖書研究者でもなんでもありませんので、深追いはしていません。たまたま話題になったので言及しただけです。 -- 昼寝ネコ 2014-04-16 (水) 00:41:04
  • 昼寝ネコさま
    確かに「娼婦」以上のことをぶちあげている説を知っていますが、たとえ想像の産物であったとしても人権に抵触すると思うのですが…。2000年も経過すれば人権などは時効(?)ですか? -- 岸野みさを 2014-04-16 (水) 19:00:12

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