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2014.07.06 穀粒記者レポート・「三人の宣教師御霊と共に帰還」~投稿者:岸野みさを

山のごとく強く
 
三人の宣教師御霊と共に帰還                  
 
岸野みさを
 
 

 6月29日神戸、名古屋、福岡伝道部で働いていた本多規生(ホンダ モトイ)本多拓己(ホンダ タクミ)向谷諒(ムカイタニ リョウ)がそれぞれ2年間のミッションを終了して高尾ワードに帰還しました。
 彼らの御霊に聖められた輝く顔を見て、また若々しく力強い証を聖餐会で聴くことができました。
 
 

本多規生 神戸伝道部

 この2年間はいままで生きてきた中で特別な経験でした。沢山の人々から多くを学びました。中でも3つめのエリアの徳島では、以前高尾ワードに集っていた郡田家族から助けを受けました。
 娘さんがハワイの教会に集っているある人のレッスンをする機会が待っていました。郡田家族の助けがあって3週間後に彼女はハワイの娘さんの処でバプテスマを受けることが出来ました。

 出席者を増やそうと全求道者に電話をしました。
 すると、ある日曜日10人の求道者が教会に来ました。2人の宣教師では対応しきれず、会員たちに依頼しました。

 大きく学んだことは「主に頼って行う」ということです。主の助けがないと伝道も生活さえも出来ませんでした。
 教義と聖約100:4に「それゆえ、主なるわたしは、あなたがたがこの場所に来るのを許した。わたしは人々の救いのためにこれを必要としたからである」とあります。
 そのエリアに私が居る事を主が許して下さり、私を必要として下さったのです。今こうして高尾の地に必要とされて戻り、ここにいる目的があります。

 神戸伝道部では沢山の目標がありました。2月の断食安息日に会員たちの友人400人を集めるという目標が達成されました。

 好きな聖句はアルマ38:5です。
 「わが子シブロンよ、神を信頼すればするほど、あなたはそれだけ試練や災難や苦難から救い出され、そして終わりの日に高く上げられるということを覚えておいてもらいたい」
 主は生きておられ、私たちは神の子であり、モルモン書は真実であり、神さまは私たちを愛しておられ、助けたいと思っておられます。私のこれからの生活も伝道です。
 
 

本多拓己 名古屋伝道部

 弟が立派な話をされてハードルが高くなりました。私は2年間名古屋で伝道しました。
 名古屋でお会いした何人かが今ここに座っております。

 内容が詰まっている2年間でした。名古屋、岐阜、富士、とどこもこれくらいの規模の教会で最初のエリアである岐阜では9か月働きました。私の伝道は余り順風満帆ではありませんでした。同僚ともうまくいかず、伝道もよくできませんでした。
 そんな時教義と聖約64:33に
 「それゆえ、善を行うことに疲れ果ててはならない。あなたがたは一つの大いなる業の基を据えつつあるからである。そして小さなことから大いなることが生じるのでる」と書いてありました。
 いつもご飯を作るのが自分の仕事でした。「善を尽くす、善を尽くす」と思いながら食事の準備をしました。それを通して同僚への愛を深めることができました。その内に「本多長老の同僚になれば美味いものを食べさせてもられる」という評判になりました。

 また、そのエリアを離れた後で、ある求道者がバプテスマを受けたことを知りました。自分の蒔いた種が、養いを与えた種が実を結んだのです。

教義と聖約6:33に
 「息子たちよ、善を行うのを恐れてはならない。あなたがたは、何であろうとまいたものをまた刈り入れるからである。それゆえ、あなたがたは善をまけば、報いとしてまた善を刈り入れることになる」とあります。
播く時は決まってはいませんが、早く播けば刈り入れも早くなります。スティーヴンソン長老は「遅すぎる事はない。今行ってください」と宣べられました。それは今でしょう、流行語と同じでしょうか。今行う時に報いを刈り入れることが出来ます。
主の愛が無ければ困難にあった時に成長できなかったと思います。

 名古屋で一緒に働いた姉妹たち、また共に働いた二人に感謝します。
 
 

向谷諒 福岡伝道部

 名古屋、神戸、でも福岡が一番です。
 私は鹿児島に1年以上いました。そこにいる岡崎兄弟には鹿児島で会いました。私は伝道で学んだこと感じたことをお話します。

 最初人に声を掛けるのが怖くて同僚の後ろに隠れるようにしていました。そんなある時「伝道が楽しくなさそうだね」と言われてはっとして、自分を変えなくちゃ、楽しんでやろう、とわざと明るく振る舞っていました。するとなんだか楽しくなってきました。恐れていた時は何を言うべきなのか分かりませんでしたが、そうしているうちに怖くなくなり、言うべきことが分かるようになりました。信仰と恐れは共存しないのです。

 そんな私が今度は先輩になって、新しい長老を訓練している時、なんでこれが出来ないのか、と思いました。
 ウークトドルフ管長の「周りの人も自分を許してほしいと思っている、弱さを許してほしい、大目にみてほしいと思っている」というメッセージを読んだ時に、何かが変わって同僚を受け入れることが出来るようになりました。

 奄美大島へ夏行きました。海がきれいでした。人々は親切でした。その後鹿児島市内へ移動しました。鹿児島市は都会で人も多く物が溢れていました。奄美大島に比べて物が多すぎました。
 それを見て、この世のものに幸せを求めようとすると、あれもこれもと欲求して終わりがないと思いました。私たちは神の戒めを守るだけで幸せになれるのです。
 
 本部に転勤したとき今まで積み上げてきた自信や勇気が崩れ去って、自分は無力だと感じました。★

 ある姉妹が聖餐会でお話されていました。「不完全はすばらしい。不完全だからこそ主に頼るようになる。不完全を主は祝福してくださる」
モロナイ10:32に
 「まことに、キリストのもとに来て、キリストによって完全になりなさい」とあります。

 この2年間で私は主との関係が更に近いものになりました。
 主は祈りをお聞きになり、皆さん一人ひとりをご存じです。私たちに何がいいのか、私たちにモルモン書とイエスを与えられました。モルモン書の中に答えがあり、キリストの贖いによって良い状態からより良い状態へそして完全へと成長していくことができるのです。

 高尾で皆さんと一緒に集うことを感謝します。

★気になったのでインタビューしてみました。
 「本部では問題解決係りのような仕事だったのですが、自分の英語の語学力の未熟さからガスタフソン伝道会長のお話をミスコミュニケートしてしまいました。しかし、それによって謙遜を学び、今まで見えてなかったものが見えるようになりました」と話されました。
 
 

横沢一毅 (ビショップリック 第2顧問)

 20年前私も宣教師でした。昨日このネームタグを捜しだし、埃を被っていましたので、磨きました。
 宣教師の決意に「伝道が終わってもこの髪形を保つ」と書いてありました。(聴衆笑、彼の髪は天然パーマのため、決意は保たれていない)

 今お話をされた3人が携えている福音は人に幸せをもたらすものです。
 「死んだ後の生活はどうなるのか?」父母や先生に質問しましたが答えられる人はいませんでした。宣教師に出会ったとき、同じ質問をすると彼らは「はい、知っています」と言ってモルモン書を渡されました。

 私は中学でワル10人の内の1人でした。
 自転車のカゴに入れてあるモルモン書をワルたちは「そんなもん捨てちゃえ」と言いました。私は捨てずに読みました。モルモン書を読んでいるうちに、何かが変わっていきました。宣教師は「それが御霊です」と言いました。

 北上の5万人の小さな町で私はバプテスマを受けました。日本人の沖縄出身の宣教師で写真を使ったりして熱心に教えてくれました。

 諒君が重い口を開いてがんばった、この福音は国、性別、年齢、善人、悪人を問わず、受け入れさえすれば、幸せをもたらしてくれるものであることを証します。
 
 

 三人の帰還宣教師に共通しているものは、御霊の力強さでした。一人ひとりは弱さを抱えているのに、御霊によって鉄の棒のように強くなっていることを感じました。ありがとうございました。そしてご苦労様でございました。これからが楽しみで~す。
 
 

  • 皆さんお疲れさまでした。できるだけ早く結婚してください。 -- 昼寝ネコ 2014-07-06 (日) 20:00:13
  • 御三家へ
    高尾ワードのSAが一挙に活気づきましたね。「SAに長居は無用」と言われた先輩がいますよ。どういう意味かお分かりですか? -- 岸野みさを 2014-07-06 (日) 22:28:47
  • 皆さんお帰りなさい。立派に成長されましたね。今後の活躍を牛久の地より祈っています。 -- 加納敏江 2014-07-11 (金) 12:07:45

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