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2014.07.18 エッセイ「亡霊ビル」投稿者:岸野 みさを

然別湖(しかりべつこ)旅情 志水崇之

亡霊ビル                    
 
 
岸野みさを

 快晴の空。とかちの穀倉地帯を見下ろしながら機体はゆっくり降下して無事ランディングした。
 一路然別湖へと夫が運転するレンタカーを走らせる。どこまでも真っ直ぐな道、前方に車も無く、すれ違う車も稀な国道274号線だ。周囲は畑と森が続き、人家は無く、車に水や食料を積み込まなかったことにふと不安を覚えてきた。ようやく「道の駅しかおい」に到着して休憩となった。採れたての野菜や、色々なパン、手工芸品、木工品などが並んでいた。二人とも町内の酪農家が作ったという牛乳ソフトクリームを食べた。一味違う。

 いよいよ北海道の中心に位置する大雪国立公園内唯一の自然湖である然別湖、標高810mの登り坂を進み、湖畔温泉風水に向かう。途中、鹿追町観光名所第2位の扇ケ原展望台で下車、雄大な十勝平野を見下ろし、どこまでも続く日高山脈を遠望した。晴れた日には太平洋まで見えるそうだ。また、車を走らせて山を登りきったところを今度は下って行くと、道路左脇からキタキツネがノコノコ出てきて、こちらを伺い座り込んだのだ。「餌くれ」か。しばらく見つめ合いが続いたが、諦めたのかさっさと道路を横切った。またしばらく行くともう一匹が出てきた。こちらは横目で見ながら通りすぎた。キタキツネは寄生虫エキノコックスの終宿主なので、餌を与えないように、近づかないようにと警告されている。娘が友人と礼文島に行ったとき、キタキツネが車をコンコンとノックしたそうで、発車すると追いかけてきたという話を思い出した。
キタキツネの餌はネズミ、鳥類、昆虫、果実、木の実などだそうだが死因は餓死だという。

 パワースポットだと言われている然別湖が右手の木々の間に見え隠れしてきた。深緑色で周囲約16㎞、南北に3.6㎞、水深100m。1000m級の白雲山、天望山(くちびる山)に囲まれている。トンネルを抜けるとそこにホテル風水があった。

 支配人をやっている義妹の夫が部屋に案内してくれた。彼の長男の結婚式に呼ばれて来たのだった。最上階の7階で「!」と思ったらやはり特別室だった。和室で然別湖が眼下に広がる。義弟の歓迎の挨拶を受けて彼が部屋を出て行った後、然別湖の景色を眺めると、何?何だ?ガラス窓の向こうの湖の上とくちびる山に亡霊のような大きなビルが見える。目を凝らしてもやはり見える。幻覚か?何が何だか頭が混乱してきた。と、一歩横にずれたら亡霊ビルは見えない。見えないというか消える。夫に「ちょっと、あれ何なの?」と聞いた。
「うん?……この建物の右側にあるホテルが写っているんでしょ?」別に驚ろいた様子でもない。言われた方を見ると亡霊ビルと縦横同じくらいの大きさのホテルが横にある。どうしてそうなるのか?右側のガラス窓と正面のガラス窓が直角になっている建物の角で、正面のガラス窓に映って見えるのだ。そうか?…と思ったが、どうも腑に落ちない。更に暗くなると建物の外郭は消えてそのホテルの明かりだけが、まだ湖と山裾に赤々と写っている。

 然別火山群の噴火活動によって川がせき止められてできたという夕暮れの湖面を眺めながら、左側はダケカンバ、ナナカマド、カエデなどの森に囲まれている露天風呂で、源泉100%の濁り湯に浸かった。含重曹食塩泉、泉温52℃。効能は神経痛、筋肉痛、関節痛と表示してある。
 その後おもてなしの御馳走を食した。その中に濃い黄色の甘いじゃがいもがあった。仲居さんが「インカのめざめ」というめずらしい品種で北海道でもなかなか手に入らないじゃがいもだと説明した。その甘いことと言ったら、さつまいものようだった。

 暗闇の桟橋に停泊しているナイトクルーズの遊覧船からキャッキャッとハシャグ子供たちの声が聞こえてきた。やがて、星明りと月明かりだけで湖面を滑るように進んで行って、ついに暗闇の中に消えてしまった。一時間ばかりするとまた子供たちの声が聞こえてきたのでホッとした。
モーニングクルーズもやっているそうで、義弟は是非、と勧めてくれたがあいにく次の朝は小雨で欠航だった。

 帯広に到着してさっそく理工科卒の義兄に亡霊ビルのことを質問してみた。すると「それは光の全反射だ」といって図を書いて説明してくれた。ところが、また、その全反射が分からなかった。高校生の物理Ⅱで勉強することらしい。ゾッとした亡霊ビルは勉強不足という情けないオチに至ったのである。皆さまも風水にお越しの節はミステリーならぬ光の全反射の亡霊ビルをごゆるりとご覧になって下さい。
 
 
 

  • 道東にはまだまだ自然の懐が深く残っていますね。行ったことがないので分かりませんが、雄大で俗化されていない景観は魅力がありますね。 -- 昼寝ネコ 2014-07-18 (金) 22:53:04
  • 昼寝ネコさま
    道産子でも然別湖へ行ったことが無いのですか?一度行ってみてください。義弟に宿泊費
    は〇〇でと申し伝えておきます。 -- 岸野みさを 2014-07-18 (金) 23:35:24
  • 行ったことがないです。営業コンタクト中の産婦人科クリニックが、10月に開業なのですが、一応パイプがつながって実物見本までお送りできました。もし、契約になったら記念に行きましょうかね。でも、宿泊費は「十倍で」は、勘弁してください。 -- 昼寝ネコ 2014-07-18 (金) 23:39:43
  • 昼寝ネコさま
    では「倍返し」では如何でしょうか?つまり宿泊料の倍返しを風水からして頂く、という意味です。 -- 岸野 2014-07-19 (土) 10:08:57
  • ハハハ、それは国賓以上の待遇ですね。でも、北海道の湖は訪れたどれもが、静謐さを湛えた荘厳なものでした。 -- 昼寝ネコ 2014-07-19 (土) 13:05:00
  • 然別湖さえ知らなかった北海道オンチの私。湖、キタキツネ、亡霊ビル、まあ行くことはないでしょうが憧れます。大自然のふところに癒された気分になれました。お二人のやりとりがまた絶妙で楽しめましたよ。 -- あらら 2014-07-22 (火) 14:31:58
  • あららさま
    「お二人のやりとり」? 娘に「お母と昼寝ネコ先生は視点が違うからかみ合わないよ」と言われました。「視点が同じだとヘンじゃない?」と聞きたかったのですが止めました。むきになるのはもっとヘンかな、と思って。 -- 岸野みさを 2014-07-22 (火) 15:21:18

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