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2014.08.08 エッセイ「8年後に蘇生した文章」投稿者:昼寝ネコ

Julia Zenko: Chiquilín de Bachín, Astor Piazzolla
 
8年後に蘇生した文章 
 
 
昼寝ネコ
 
8年経って、ようやく蘇生した文章がある。

8年の歳月を経て、すっかり干からびてしまい
記憶の塵の中に埋もれてしまっていた
古い文章がある。

産婦人科クリニックから、出産祝いで
プレゼントされる名入り絵本の文章を提供している。

最初は両親と子どものための本文だった。
申込書をひと目見て「私には関係ありません」と
捨ててしまったお母さんがいたと聞き、
シングルマザー版の本文を追加した。
10年以上も前のことだ。

ある日、院長とお会いしたのだが
どうも表情が冴えない。訊くと
永年不妊治療していた女性が妊娠したのだが、
出産時にへその緒が首に絡まり、
死産になってしまったという。

その夜、帰宅してすぐに天使版の本文を考えた。
一気に書き上げたが、気がついたら
すでに深夜3時を回っていた。

ある院長は、天使版は使わない方針だった。
産婦人科医にとって、死産という結果には
自責の念を感じ、記憶だけでなく
形ある記録として残したくないという
心理が働くのかもしれない。

天使版を指定される確率はとても低い。
年間0.2%もないだろう。
しかし、現実に死産は発生する。

死産の状況は様々だ。出産の状況も様々だ。
出産直前に父親が亡くなったケースもある。
出産数日後に母親が亡くなるケースもあった。

天使版や特別版というのは、名前だけを差し替え、
すぐに印刷・製本できるものではない。
状況を確認し、言葉を選び文章を修正する必要がある。

楽しみにしていた子どもとの生活が雲散霧消し、
夫婦は喪失感、欠落感と格闘することになる。

目の前でわが子が仮死状態になり、
身体があっという間に、土色に変色する。
そんな状況を、私自身が何度か経験した。
あの経験がなければ、とても書けなかっただろう。

ささやかで拙い文章の絵本ではあるが、
子を失った両親が立ち直るきっかけとして、
精神的な快復の一助になっていることを
何人もの院長が実感してくれるようになり、
今では、天使版の不使用を決めていた院長の
クリニックからも、天使版の依頼が
来るようになった。

8年前、札幌に住む老母が急性心不全で
ペースメーカーを装着する緊急手術を受けた。
当時、国立病院の付属看護学校に勤めていた
従姉妹の勧めで検査入院した当夜の、
緊急手術だった。

従姉妹とは数十年ぶりの再会だった。
「アンタ、なんの仕事してんのさ」
産婦人科クリニック向けの絵本の説明をした。

その後しばらく、母宅に泊まり込み、
毎日付き添いに行く生活が続いた。

ある日従姉妹にいわれた。
「子どもの死産も大変なことだけでど、
先天性の障がいを持つ子どもを育てる親は
とても大変な思いをしてるんだよ。
そういう人たちこそ、励ましの文章を必要と
しているんだから、作りなさいよ」

先天性の障がいといっても、範囲が広い。
私にとっては難産だったが、なんとか作り終えた。
しかしその後、「先天性障がい児版」の申し込みは
とうとう1冊もなかった。

一昨日、インターネットからの申し込みの中に
「先天性障がい児版」の申し込みがあった。
本文を探したが、検索しても見つけられず、
ずいぶん時間がかかったが、「不自由版」という
ファイル名にしていたためだと判明した。

基本構造はあるものの、どんな障がいなのかを
知る必要があるので、電話してお母さんと話した。

横隔膜ヘルニアで内臓が飛び出してしまい、
60日間入院していたそうだ。
退院したのだが、今度は少し厄介な発作か起きて
国立の障がい児治療専門の病院に入ったという。

状況を確認し、希望を聞いて文章を考える、
そう説明すると、驚いた様子だった。

その夜、お母さんからメールが入った。
次のように書かれていた。

「お電話、ありがとうございました。
絵本の作成のために状況を確認し、
障がいを持つ子どもたちの文章も作って
いらっしゃる事に感動しました。
子どもが大きくなったら絵本を見せながら、
□□□が生きるために沢山の方が 
力を注いでくれた事、それを絵本にしてくれた
方がいらっしゃる事を話したいと思います。」

何よりも嬉しいコメントだった。

コスト計算をされてしまうと、大赤字だ。
しかし、先の見通せない不安と孤立感の中で
拠り所を見つけられない家族の皆さんがもし、
この絵本を手にし、励ましと平安を得られたら
絵本製作に携わる私たちにとって、この上ない
達成感をいただくことになる。

8年前、従姉妹から半ば強要されて作った文章であり、
しかも長い間、使用されることはなかった。
文字通り、記憶の塵の中から蘇生した文章だが、
こうして生命を与えられ、その文章が
闘病中の赤ちゃんとご家族の心に、生きる息吹きを
吹き込んでくれればいいなと、心から願っている。
 
 
 

  • 昼寝ネコさま
    人を益する、と言葉でいうのは簡単ですが、それがいかほどのことなのか、8年もかかることもあるのですね。当事者の傍らに寄り添って役に立てるほど素晴らしいことはないと思います。 -- 岸野みさを 2014-08-08 (金) 20:53:51
  • 岸野みさを姉妹 有難うございます。自己満足なのだろうと思っていますが、でも普通にご両親が絵本を受け取り、お読みになって号泣したというコメントを目にしますと、とても嬉しくなります。どれだけお金をかけても、純粋に人が涙を流すような感動を、人工的に作るのは難しいと実感しています。ましてや、自分の腕に抱けると思っていた赤ちゃんが、天使になってしまったご両親には、軽々しく言葉をかけることができません。被災者の中に、親や子どもを亡くされた皆さんからも、感想を書いた葉書を送っていただいていますが、いつもそのたびに安堵しています。次男の何度にもわたる仮死状態を目にしていなかったら、子を亡くした親の気持ちを深いところで理解することはできなかったと思います。その意味では、約40年前の私個人の耐えた苦痛が、今、同じ境遇の方々の慰めに変容していると受けとめています。 -- 昼寝ネコ 2014-08-08 (金) 22:21:29
  • 心温まるお話は良いものだと、つくづく思いました。よいお仕事をされている中にも、色々なご苦労の軌跡がうかがえます。私は子供を亡くされた方たちに寄り添う事も出来ませんが、絵本で多くの人たちが癒されていることを知りました。先天性障がい児版も必要だったのですね。喜びが双方にもたらされたことが、自分の事のように嬉しいです。本当に昼寝ネコさまにしか出来ない、天性の素晴らしいお仕事をされている事がよくわかりました。 -- としえ 2014-08-11 (月) 17:41:40
  • としえ様
    仕事ですから、営利を追求していますが、お金だけを最優先していますと、いつかその仕事は存続できないようになると思っています、なので、人が真に必要とするものは何かを、常に考えるようにしていますが、それを仕事にするのはなかなか難しいですね。 -- 昼寝ネコ 2014-08-11 (月) 21:19:04

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