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2014.08.21 エッセイ「終わらない戦争」投稿者:パシリーヌ

すべての祝福の泉に来たれ
 
終わらない戦争                         
 
 
パシリーヌ

主イエス・キリストを信じる信仰の基に世界を一つにしている真の教会の説教壇で聞いたお話は一つになっている人々を切り離すのに十分なものだった。
 「私の友人はゼロ戦で撃墜されました」。聴衆の殆どは日本人でしたから、空に散って逝った特攻隊員の青年のことを思ったのではないでしょうか。話者の友人のパイロットのことを思った人がいるでしょうか?記録していなかったのでどうしてその話に及んだのか定かではありませんがその一言だけがいつまでも心に焼き付いているのです。

また、某国人のこの教会の地域の指導者が日本に来て開口一番に述べたことは主イエス・キリストの教えではなく「私は大日本帝国に日本語を強要され、日本名を付けられて、母国語を学ぶこともできず、自分の本当の氏名を名乗ることすら出来ませんでした」。聴衆の殆どは日本人でしたから水を打ったようになりました。

私の父はマラソンの選手で痛めた足が原因で2回の徴兵検査に合格しませんでした。彼の
愛馬が赤いタスキを掛けられて戦場に送り出されて行きました。
戦時下に幼児だった私はB29の警戒警報が発令されるたびに親が電灯に黒い布をかけて
皆でジーッと身を潜めていたことを思い出します。

高校を卒業して東京に出てきたとき汚れた軍服を着た傷痍軍人たちが道路に座って通行人に物乞いをしていました。顔をあげず、ただうつむいて「お願いします」と言っていました。手や脚がありません。私は通りすぎることしかできませんでした。何か分からない怒りのようなものが湧き上がってきました。今思えばそれは国家に対する怒りだったと思います。国家権力の基で戦争に駆り出され、傷つき、命をとりとめても生きる術がない傷痍軍人たち。軍人恩給はあったそうですが…。

平成25年10月3日(木)(明治神宮会館)

戦傷病者特別援護法制定50周年並びに財団法人日本傷痍軍人会創立60周年記念式典における天皇陛下の「おことば」

「~戦傷病者とその家族が歩んできた歴史が、決して忘れられることなく、皆さんの平和を願う思いと共に、将来に語り継がれていくよう切に希望してやみません」と挨拶しました。
式典には安倍晋三首相や衆参両院の議長ら約1300人が出席しました。

NHK 教育TV(Eテレ)番組案内より引用

  • 「本放送」2014年2月1日(土)午後11時00分
  • 「再放送」2014年2月8日(土)午前0時45分~ (金曜日深夜)
  • ETV特集 解散・日本傷痍(い)軍人会~戦傷病者の長い戦後~

日中戦争・太平洋戦争で負傷し傷害を負った元兵士たちでつくる日本傷痍軍人会が2013年秋に解散した。かつて35万人を数えた会員も5千人、平均年齢も92歳を越えた。 総力戦となった第二次世界大戦は、膨大な戦死者とともに多くの戦傷病者を生んだ。戦時中彼らは戦意高揚の中「白衣の勇士」とたたえられ、国家からさまざまな優遇施策を受けた。しかし敗戦後は軍事援護の停止による恩給の打ち切りなど、戦傷を負った人々とその家族の生活は困窮と苦難のふちにあった。講和と独立のあと、軍人恩給の復活とともに傷病者への支援も僅かに改善をみたが、手足の欠損、失明、とう痛、体内に残った手りゅう弾の破片など戦争の傷跡は、彼らの生涯を苦しめた。傷痍軍人にとって“戦後”はその一生を終えるまで続いたのである。

某国といえば「従軍慰安婦」をプロパガンダにして告げ口外交と言われる外交を執拗に行っていることに対して「礼儀をわきまえなさい」というような内容のメッセージを送っていた某宗派の最高指導者が信者獲得の為に某国を訪問しました。以下はそのメッセージを2014.8.19中央日報日本語版より転載します。

「ペテロが神に尋ねた。『私の兄弟が私に罪を犯せば何回許さなければいけませんか。7回までしなければいけませんか』。イエスはこのように答えた。『7回ではなく77回でも許さなければいけない』(マテオ福音18章21-22節)。この言葉はイエスのメッセージの深い核心を表す」。法王は南北関係を兄弟に例えた。

メッセージは強力だった。「分裂と対立」の代わりに「容赦と和解のアングル」に変えろという注文だった。法王は「これこそ私が韓国訪問を終えて残すメッセージ」と述べた。最後に法王は祈りを提案した。「今はもう対話をし、会い、違いを越えるための新しい機会が泉がわくように生じるよう私たちみんなが祈ろう。どうかこの静かな朝の国が和合と平和を実現できるように心から祈る」。

法王は大韓民国の過去と現在を振り返らせた。私たちの社会の隅々から見える空虚でみすぼらしい様をミサのスピーチを通じて比喩的に指摘した。それは一種の「診断書」でもあった。法王訪韓を契機に私たちは「大韓民国の総合診断書」を手にした。もちろん治療するのは私たちの役割だ。それが大韓民国の告解聖事からつながる補贖(罪を補償したり代価を払うこと)ではないだろうか。
注:マタイ18:21-22 ~イエスは彼に言われた、「わたしは7たびまでとは言わない。7たびを70倍するまでにしなさい」(日本聖書協会1955年改訳)
(転載終了)

【男の修行】
苦しいこともあるだろう
云い度いこともあるだろう
不満なこともあるだろう 
腹の立つこともあるだろう
泣きたいこともあるだろう 
これをじっと こらえてゆくのが 男の修業である

これは有名な山本五十六語録で警察予備隊、保安隊、そして自衛隊の教育方針として引き継がれているという。
 外交においてもその精神が働いているわけではないと思うが、政治都市ワシントンにおける日本の発信拠点のないことがささやかれて久しい。韓国の首脳は両院合同会議で6回演説しているが日本はゼロだという。中国、韓国、台湾などは目立つ活動をしていて、日本の宣伝活動はもっぱらニューヨーク中心だと言うが、すさまじいプロパガンダ情報戦の中に埋没している日本、一体どうするのだろう?
 
 
 

  • 本当に、戦争は一向に終わる気配がないですね。私たちは常に、戦争が起きることを前提とした心構えと準備が必要な時代に生きていると思います。 -- 昼寝ネコ 2014-08-21 (木) 12:24:41
  • 昼寝ネコさま
    戦争は始めたいときに始められるが、やめたいときにやめられない。(マキァヴェリ)
    人類は戦争に終止符を打たなければならない。それでなければ戦争が人類に終止符を打つことになろう。(ジョン・F・ケネディ) -- パシリーヌ 2014-08-22 (金) 12:31:03

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