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14101602昼寝ネコ

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2014.10.16 エッセイ「サンチアゴに雨が降る」投稿者:昼寝ネコ

Astor Piazzolla - Llueve sobre Santiago

 
「サンチアゴに雨が降る」
 
 
投稿者:昼寝ネコ
 
 
川﨑にだって雨が降る。

モニターの片隅にメールの着信が表示された。
「永眠」という文字が目に留まり、すぐに開いた。

「今朝、病院より再度危篤との連絡があり
家族でかけつけました。
先ほど10時8分に永眠しました。
最期は安らかな様子でした。」

将棋仲間の先輩は、何歳になっていたのだろうか。
82歳だったように思うが、はっきりしない。

前回の入院の時、彼と奥様を病院へ送った。
玄関先で振り返って頭を下げ、静かに
建物に消える先輩の後ろ姿は、まるで
今生の最後のお別れのような印象だった。

気にかかってご自宅に電話したところ、
快活な声で
「いやあ、奇跡が起こりましたよ。
思ったほど悪くなく、入院しなくていいそうです。
体力をつけて、また将棋をしに行きます」

事実、その後2度は将棋サークルに顔を出された。
全戦全敗で悔しがる先輩の表情を思い出す。

悪寒と発熱が再発し、手術のため入院されたのは
それからほどなくだった。
なかなか退院できないので、気にかかっていた。

月に一度、厚木の将棋教室を往復する車中で
徐々に、先輩の身の上話を聞くようになった。
そこで主催された第1回目の将棋大会で、
先輩は銅メダル。私は金メダル。
「次は一緒に、金銀を独占しましょう」と、
先輩は無邪気な少年のように、何度も決意を表明した。

先輩は私のことを、
とうとう最後まで「先輩」と呼んだままで終わった。
おそらくは、なかなか将棋で私に勝てないので
その意味で「先輩」と敬意を表してくれたのだろう。

「今回は勝ったと思いましたが、最後に逆転されて
昨夜は悔しくて眠れませんでした」

今となっては、先輩の言葉や表情の
ひとつひとつが懐かしく思い出される。
もう、懐かしいと思ってしまう、
過去の存在になってしまったことが
奇妙な喪失感となって涙を誘う。

チリのクーデターの朝は雨だったそうだ。
そのクーデターをテーマに作られた映画に
ピアソラが作曲をした。
タイトルは「サンチアゴに雨が降る」。

超大型台風が去り、快晴だと思っていたら
いつの間にか雨に変わってしまっている。

「川﨑にだって雨が降る・・・」
人生の晩年で出会った佳き先輩を惜しみ、
惜別の気持ちを込めて、
先輩へのお別れの言葉としたい。

夢の中にでも出てきてください。
夢の中でもいいから、また将棋をしましょう。
 
 
 

  • 昼寝ネコさま
    川崎に降る雨はさぞ冷たいことでしょう。「いつかは来るとは判っていたが今日来るとは知らなかった」との名句のように直面することは悲しいことですね。お別れの最後の姿を胸に強く生きて行ってください。平家物語のように生者必滅会者定離なのです。 -- パシリーヌ 2014-10-17 (金) 07:34:26
  • 有難うございます。平家物語は読んでいませんので、正確な意味は把握できませんが、常に最善を尽くし続けたいと思っています。 -- 昼寝ネコ 2014-10-17 (金) 14:02:44

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