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15100901 徳沢 愛子

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2015.10.09 エッセイ「戦後70年に寄せてー待つ」投稿者:徳沢 愛子

あれから心は亀の甲羅返しのまま
暗い小部屋でまだもがいている

爆発を恐れた人々で金沢駅の疎開列車は200%の乗車 
小学五年の一をきいて十を知る兄と小学三年の無口な姉とは素早く群集の脇をすり抜け乗車 もつれる足の小学一年の私は母の手で実家のある富山行列車の窓から放りこまれた あの空(くう)を掻くような感覚は凍りついたまま今も心に染みついている 子供達だけ三人の疎開生活 招かれざる客 白い視線の中 土蔵の片隅 兄は虫喰い米を調達し 虫喰い大豆を入れ水っぽいお粥を毎日たいてくれた幼い私は下痢をくり返した 元気をつけるために 兄は小川で泥鰌(どじょう)をとってきてくれた その味噌汁は湯気まで美味に見えた 神が大地から無償で生やす草だって食用となるものもいくつかあった 探しさえすれば食用になるものは大地のあちこちにあった 何という神の愛の深さ が いつも私はひもじかった いつも身も心もひもじかった 日なが一日何かしら食べることに奥眼を光らせていた

夕暮れになると決まって土蔵の入口に佇んだ遥かまで続く土埃りの立つ田舎道 その地平線に目を凝らし息をつめるようにして弟を背負った母の姿を待った 母さえ来れば世界は変わる B29は姿を消し 食卓は豊かに 腋臭(わきが)の匂いのする体温を感じ このひもじさから脱けられる 人生76年 忘我の祈りと共にあれほど人を待ったことはなかった 呪文のような溢れるほどの独白 <おかあちゃん 早よう迎えに来て お母ちゃん>

あれからまだ心はひっくり返ったままだが 頭上には 今は平和を見下ろす青空
故郷(ふるさと)の風が青々として吹き渡り
わたしの青空がキッパリ瞳を見開いている

  • 徳沢愛子さま
    「一をきいて十を知る兄」の妹たちを想う気持ちが強く胸に迫ります。兄の守りの中で三人が小さな力を合わせて生き延びたのですね。亀の甲羅返しのまま、とはどうすることもできないようでいて、ちょっとユーモアにも跳んでいると思いました。「わたしの青空」がいつまでもキッパリとした元気を与えてくれることでしょう。 -- 岸野みさを 2015-10-10 (土) 19:54:17
  • 呪文のように繰り返しお母さんと唱えながら待ち続けた当時から心はひっくり返ったままなんですね・・。幼い時の孤独や寂しさがそんなに鮮明な記憶として残っているなんて私には想像もできない事です。子供の視点から見た深く切ないエッセイは徳沢さんの人柄を通して読むと美しさも加わっているように思います。 -- コニー 2015-10-12 (月) 21:01:16

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