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16070501 徳沢 愛子

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2016.07.05 エッセイ「私の好きな詩人 八木 重吉」投稿者:徳沢 愛子

 八木重吉は「赤ん坊のごとく神のごとき詩人」と言われた、クリスチャン詩人である。彼は29才の若さで、肺結核で夭折している。24才から詩を書きはじめ、4年の間に二千余篇の詩を書いている。短期間にバクハツした詩的エネルギー。彼の生は稲妻のようであった。その短い生の間に密度の濃い生き方をして、詩を書ききって逝ったのである。それも平明な言葉で、肝心要めの所を、純粋無垢な心で表現している。おろかしいまでに…。
 イエスは幼な子らを寄せて言われた。「天国はこのような者の国である」と。八木重吉の世界もまた天国そのもののようである。
 代表作品は何といっても「素朴な琴」であろう。

  この明るさのなかへ
  ひとつの素朴な琴をおけば
  秋の美しさに耐えかね
  琴はしずかに鳴りいだすだろう

 澄み切った彼の心が霊の耳に琴の音をとらえる。そこに静かに存在するだけの琴の内面に美しい音色を彼は聞く。その鋭い感性に私は驚かされる。彼の詩を読むと、全体に通底するのは、「悲しみ」であり、「さびしさ」であり、それがより強く神への信仰へと高められている。

  「神の道」
  自分が
  この着物さえも脱いで
  乞食のようになって
  神の道にしたがわなくてもよいのか
  かんがえの末は必ずここにくる

  「天」
  天というのは
  あたまのうえの
  みえる あれだ
  神さまがおいでになさるなら あすこだ
  ほかにない

  「無題」
  ・・・・
  きりすとをおもいたい
  いっぽんの木のようにおもいたい
  ながれのようにおもいたい

  「無題」
  てんにいます
  おんちちうえをよびて
  おんちちうえさま
  おんちちうえさまととなえまつる
  いずるいきによび
  入りきたるいきによびたてまつる
  われはみなをよぶばかりのものにてあり

  「ゆるし」
  神のごとくゆるしたい
  ひとが投ぐるにくしみをむねにあたため
  花のようになったらば神のまえにささげたい

 八木重吉は殆ど時代の外側を歩み、己れの内部だけをのぞきこんで書き続けた。そして、切ないまでも神を求め続けるその生き様は、人の心を捉えてやまない。その子どものような素直さで神を信じる姿に、私は多くのことを教えられている。

  • 徳沢姉妹の解説により、八木重吉の作品を更に深く味わうことができるようになりました。寂しさや悲しみがそれだけでは終わらず、主を尋ねもとめる芯棒になっていることを学びました。ありがとうございました。 -- 岸野みさを 2016-07-06 (水) 12:48:21
  • 短命の詩人八木重吉 貧しき信徒収「かなしみとわたしと 足をからませて たどたどゆく」 徳沢愛子さま小生は詩人になりたかったのであります。「育児日記帳をめくる 妻がほほえむ 真剣なまなざしに涙がにじむ 小さなためいきに紙がゆれた」 -- ひつじ重治 2016-07-06 (水) 17:52:40

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