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2017.12.13 穀粒記者レポート「クリスマスメッセージ2017―クリスマスメッセージ2017―赤い月下に見えるよスカイツリー」投稿者:岸野みさを

 「行楽日和だよね」と息子は言った。14時に彼の車で夫と3人で出発して16時に東武ホテルレバント東京にチェックイン。窓の外にはスカイツリーが「いらっしゃい」というように聳えていた。すぐタクシーでスカイツリーに向った。ホテルの次のブロックがソラマチだ。
 
 最初プラネタリウムに入り「世界遺産宇宙への旅」を40分間見て、「うまごや」という名前のレストランで夕食を取り、いよいよ展望デッキへ入場。大混雑だ。エレベーターの中にある高さの表示が250mを示したところで耳がキーンとした。展望回廊450mフロアの人混みから観た夜景は海の静寂のようだ。人混みはシーンとして下界に見入っている。

 2011年にギネス世界記録に「世界一高いタワー」として認定された。634mはこの地域の昔の名前「武蔵」から採ったのだという。
 今朝、出発前に息子は「話がある」と言って「最近、子供が言うことを聞かなくなって、ようやく親の苦労が分かってきた。今まで色々迷惑かけて申し訳なかった。でも感謝している」と言った。教会員で既に亡くなった兄弟たちや私の弟の名前を挙げて「次の世界へ逝ってしまった人たちも一番大切なものは家族だと示していた。次の世界でも同じ場所に行きたい」と言った。私は「同じ場所に行けるようにがんばろうね」と言い「親子の間では迷惑も何もないのだから、でも、そう思うなら、昔から言うじゃない『親の恩は子に返せ』じゃない?」と言った。主人は終始無言だった。

 その年は雨ばかり降っていて「また、雨だ。晴れないかなぁ」と息子は何日も呟いていた。19歳の秋、彼はバイクで軽トラに引っかけられて生死を彷徨った。4日後に意識が戻っても激痛に襲われて、鎮静剤は2時間しか効かず、夜中に看護師に「殺してくれ」と何回も叫んだ、と聞いた。そんな時彼は夢を見た。十字架上のキリストを見た。全人類を贖うために血を流されているその姿を見て、自分の為に苦しんでいる自分の姿も見えた、と言った。そして御霊が「神さまのために生きなさい」という声が聞こえて、その日を境に彼の状態は徐々に回復していった。

 あれから29年間息子は常に後遺症との戦いを余儀なくされた。一番顕著なものは両眼外転神経麻痺による複視だった。(眼球が中央に寄ってしまい片方の目に眼帯をしなければ見るものはぐちゃぐちゃとなる)自然に元に戻ることを期待して一年半待っても改善が見られなかったので1990年4月2日に左の眼球を中央に固定する手術を受けた。複視は矯正できたが眼球が動かないので左右の物を見る時は首を動かして見なければならない。それからまた、20年経過した2010年12月2日に内転してしまう左眼球を再固定する手術を受けた。「開けてみなければ最初の手術の後がどうなっているのか分からないので難しかった」と執刀医が言った。帝京大学医療技術学部林孝雄教授である。それ以前に斜視NO2と言われていた医師の処へ行った時は「僕にはできません」と断られてNO1の先生を紹介します、と紹介されたのが林医師だったが、希望を失った息子はなかなか行こうとしなかったのだった。

息子(こ)と登る634(むさし)絶景雲よぎり

 彼の心身を救った医師に主の御手があり、また、ここまで回復できたのは息子の上に主の癒しの翼があったことに深く頭をさげて、主イエス・キリストに感謝を捧げます。メリー・クリスマス!


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