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18080601岸野みさを

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2018.08.06 穀粒記者レポート・『「証の力(15)」』投稿者:岸野みさを

(2018年8月の断食証会と7月の聖餐会の話より抜粋)

ビショップ
 相模湖の花火大会を見ました。M家族が場所取りをしておいてくれたのです。丁度オランダから訪問していたアド家族も来ていました。夜空に広がる花火を堪能して、帰りの車中でアド兄弟と話をしましたが、通じませんでした。自分は山男なのでオランダの山の話を聞きたかったのですが「えっ、オランダには山がないのですか?」ということになってしまいました。教会の話は通じました。最初、彼の母が改宗して、それから彼が改宗してユタに勉強に行って、戻ってきて結婚しました、ということです。あと4週間は日本にいるそうです。どこの国にあってもこの教会は一つであることを感じました。

A姉妹
 プライマリーの活動で子ども達に神殿の絵を描いてもらいました。その絵を組み立てて
神殿の形にしました。何人かの家族の写真を貼りました。神殿は家族のためにあります。

T姉妹
 7月30日火星が地球に大接近したので肉眼で見ることができました。壮大な宇宙を創られた神さまの偉大さを再認識しました。また、「オデッセイ」という映画を観ました。主人公は宇宙に一人取り残されるんですがテントの中に畑を作りジャガイモを育てました。結局救援隊によって救出されます。モロナイも一人ぼっちになりましたが、何千年も後の世の私たちのために主の言葉を金版に刻みました。私は仕事で暑い中チラシ配りをしていますが、私の住んでいる団地にはトカゲ、ミミズ、大きな蝶、ハチなどがいて自然に恵まれています。この地球を創造された神さまに感謝します。アルマ30:41 「しかし、見よ、わたしはすべての事物をもつて、これらのことが真実であると証する。また、これらのことが真実であることを証するすべての事物があなたにもあるのである」

K姉妹
 おばあちゃんがアラブ馬の話をしてくれました。アラブ馬の全部がサラブレットになるわけではなくサラブレットになるための訓練に合格した馬だけがサラブレットになるということです。どのような訓練かというとベルが鳴るとすぐ指定された場所に集合するということで、そのアラブ馬は喉が渇いて水を飲みに行こうとしたときベルが鳴ったそうです。
そのアラブ馬はサッと集合場所に行きました。私たちもサラブレットになるために訓練を
受けています。

J兄弟
 私たちは世の塩になりなさい、とイエスさまは教えられました。塩が塩気を失うと
何の役にも立たなくなります。塩に土などの不純物が混じると塩気がなくなるそうです。
正しいことも悪いことも小さなことから始まります。モルモン書を読まないとか、家庭の夕べをやらないとか、教会に来ていても人と上手くいかないとか、を続けていると大ごとになります。日常の小さなことから良いことを始めましょう。

K姉妹
 今、高校2年で情緒傷害のある女の子と中学から関わっています。家庭環境が悪く話を聞いた時は大人として何もしてあげられないことに無力感を感じました。先日会ったとき「先生に言われたことを守っています」と言ってきました。友だちと上手くいかないとメールがきた時、何と返信したのか思い出せなかったのですが、話を聞いているうちに、それは「黄金律」だったことを思いだしました。マタイ7:12に「何ごとでも人々からしてほしいと望むことは、人々にもその通りにせよ」つまり、自分のしてほしいことを人にもしなさい、ということでした。大変な状況の中でそれを実行できていることに感謝します。
主の助けがあることを感じます。

O兄弟
 系図をしっかりやるようになりました。父の父(祖父)は8人の子宝に恵まれたのですが、6人は死産で、生き残った2人の内の1人が私の父でした。私よりも子どもの方がFamilyTreeを使いこなしています。

I姉妹
 昨年通信大学を卒業して社会福祉士の国家試験に合格しました。まだ、その資格を活用できていません。過去にも高校を卒業してから銀行に勤務して英文のタイプをやっていました。ブラインドタッチもできるようになったのに、その後銀行を辞めてから全く英文タイプに関わることなく何十年も過ぎ去りました。最近Family Search をやるようになって再びその習得した技術を使うことになりました。今朝、同居している父が「教会にいってみたい」と言いました。「悔い改めが先でしょう」と思いました。面倒を見る人がいなくなって私が観るようになった父ですが、今回、同居するまで一度も父とは思えなかった人でした。そのために主はこの和解の機会を作って下さったのだと思っています。

E姉妹
 アルマ31:30~「おお、主よ、わたしが自分の弱さに耐えられるように、どうか、わたしに力をお与えください。~どうかキリストにあってわたしを慰めてください」を読んでいた時モルモン書に対する感謝の気持ちが湧いてきました。お祈りのし方を学びました。たとえ一人ぼっちになったとしても私にはモルモン書があります。

S兄弟
 月に一度の断食と証の機会に感謝します。ヒラマン3:35に「それでも彼らは、しばしば断食して祈り、ますます謙遜になり、ますますキリストを信じる信仰を確固としたものにしたので、喜びと慰めで満たされ、まことに清められ、心の聖めを受けた。この聖めは、
彼らが心を神に従わせたために受けたのである」断食と祈りが神に近づけてくれます。モルモン書は神のみ言葉であり、更に預言者が与えられ、彼により神のことを知ることができます。

Nさん
 ある時、まだ教会の話をしていない夫に、聖餐会に行ったことを話すと突然手にしていた家の鍵を投げつけられました。丁度、買い物から帰ってきた時のことです。夫は何年もうつ病にかかっていて治りません。
 次に教会に来るときに、祈り方を教わったので、跪いて祈りました。その時は答を受けませんでしたが、支度をしている時に「一緒に行きませんか?」と言えばいい、と感じました。夫はテレビを見ていたので、その事を伝えると車で送ってくれました。教会に着いたので「入ってみる?」と聞くと黙ってついてきました。神さまが夫を愛して下さっていることが分かって自分も愛さなくては、と思いました。祈りは答えられます。
(この証の一週間後、彼女はバプテスマを受けた)


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