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2019.02.12 自分史・家族史「3.11を振り返って」 投稿者:taktak

皆様へ 初めまして。宜しくお願い致します。
岸野姉妹との交流により穀粒について知るところとなり、寄稿のお招きに与かりました。
それは、2011:東日本大震災 2016:熊本地震(私の故郷)の話題が、きっかけでした。
当時、私は、学校支援:図書推進員として、市内の小学校に非常勤勤務をしておりました。
扶助協会便り(2011年5月):証や経験を分ち合う欄の記事を土台に、お伝え致します。

*記*
国難と言っても過言ではない未曾有の大震災。心より、お見舞いとお悔やみを申し上げます。
3月11日、下校前後の児童への勤務外の対応を終え路上に出ると、全ての信号機不作動・
街中は手信号・バイパスを曲ると自己判断。既に閉鎖されたマーケット・ガソリンスタンド。
・車中思ったのは、教会の戒めや社会の秩序の大切さや有難さでした。
・三日三晩の断水・停電生活で役立ったのは、防災用品・貯蔵品等でした。※72Hキット
・思い出した言葉は、岩手に来て間もない頃聞いた沿岸に住むご尊老の゙ご油断なぐでした。
津波の余波は各地に押し寄せ、滞った物流に一部物資不足の不便はあるものの、少しずつ復旧の兆しと普段の生活を取り戻しつつあります。しかし、未だ余震続く中、避難生活を余儀無くされている方々の心身両面の安全と健康と平安を、心よりお祈り申し上げます。また、多くの方々の被災地及び人々への物心両面のご支援に、心から感謝申し上げます。皆様の上に、祝福があります様にお祈り申し上げます。

あまりにも多くの被害と教訓をもたらした2011.3.11。その最中にあって、教会の教えや導きの尊さや確かさに驚嘆し、更に証を深める機会に与り、福音が真実である事を証致します。

(あくまでも私の場合の感想として:復旧の目途が就く迄の非常用品があれば、便利です。例えば、百円ショップで揃えた小さなロウソクも捨てた物ではありませんでした。また、調理の要らない食品は、心強い味方でした。〉

*追記*                
・地震は天災、被害は人災でもあるのでは?・季節や規模や内容によって対応が異なるのでは?
・日常(日用品)から非日常(非常用品)へ ・霊の被災についても考えるに至った地の被災
〈例〉入手に困った車の給油は、あらためて、油断について考えさせられる機会になりました。
以來、最低半分~満タンにする様に心掛けている人が増えた様です。私も、その一人です。
〈引用〉大般浧槃経:仏教経典漢訳本より「王勅一臣、持一油鉢経由中過、莫令傾覆、若棄一滯、当断汝命」
王が臣下に油を持たせて通りを歩かせ、一滴でもこぼしたら命を断つと命じる。
「油をこぼしたら命を断つ」が「油断」の語源となっているという説。つまり「断つ」のは「油」ではなく命。

・マタイ25章:10人の乙女の話や預言者の言葉にも思いを馳せました。
道を照らし、闇を明るくするのに必要なこの類の油は分ける事のできないものです。この種の油は、自分で得なくてはなりません。譬えの中に出てくる油は店に行けば買う事ができました。しかし、私達の生活における準備という油は、義にかなった生活を送る事によって、一滴一滴蓄えていくものです。/戒めは、単なる勧めではありません。etc

当たり前の事ですが...人は何時死ぬかわからないという思いに駆られた私は、その年の初秋、休職期間を使って長年の念願を果たすべく、お世話になった方の墓参を思い立ち、友人訪問を兼ねソルトレークへの旅に出ました。

安息日:奇しくも、タバナクルクワイヤー9.11メモリアルプログラムが催され、多くの方々の涙を誘いました。そして、追悼の調べが、あたかも3.11と相俟って、テンプルスクウエアに響き渡るかの様で、唯、祈る様に聴き入りました。

  • いまだ癒えることのない被災者の皆さまの苦しみは如何ばかりかとお察し致します。
    「油断」の言語は「油をこぼしたら命を絶つ」だったのですか?ご投稿ありがとうございました。 -- 岸野みさを 2019-02-14 (木) 12:06:27

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