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19042001岸野みさを

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2019.04.20 エッセイ「丁度いい散歩コース」 投稿者:岸野みさを

 11時ころ晴れてきたので夫に「歩いて来よう」と言って八王子城址の梅を見にまた登る。

 実は2か月前の元旦にも登ったのだった。その朝の広報に「丁度いい散歩コース」だと載っていたのを夫が見つけて「行って見よう」となった。ところが、要害地区(山頂)への登山道は胸突き八丁の急坂だった。登りはじめてほどなくして、杉の大木の脇に4層になる石垣(石積み)斜面がむき出しになっている所に来た。これが柵門跡東側斜面石垣であろう。

 1590年(天正18年)八王子城は秀吉の天下統一の戦いで一日にして落城した悲劇の城である。城主の北条氏照は小田原合戦で留守だった。現在心霊スポットなどと騒がれている御主殿の滝には行きたくない。城を守っていた3000の婦女子や武将らが滝の上流で自害して次々と滝に身を投じたのだ。敵は15000だった。

 400年前の歴史に思いを馳せながら、海抜400mくらいを黙々と登る。空気が冷たくて喉が痛くなってきた。八王子、日野、新宿、町田方面まで一望だった。地平線が丸い。頂上までゆっくり登って30分。途中、林の中に紅梅がもう咲いていた。人通りは10人くらいで今朝の広報を見た人たちか。

 2度目の今日は紅梅、白梅、ピンク、と咲き誇り満開の木もある。登るに従って視界が広がり、町や道路や車が小さく見える。「『浮世のバカは起きて働く』と昔よく言わなかった?」と夫に訊く。「それを言うなら『寝る程楽は無かりけり』が前の句だよ。なんか働き方改革かね?」「いいえ」寝る程楽は無かりけり、そうだった。一日の労働が終わって、やっと床に就いた時におばあちゃんがよく言っていた。バカとはひどいが、高所に登ると浮世が小さくなっていく。青い空と白い雲を見上げて、静寂の中の木々のざわめきの音、風の音、鳥のさえずりを聴く。まさに芽吹き始めた様々な木々たち。中には何本かの枯れ木がある。倒れないで立っている。その何本かの枝に新芽が出ているのを見つけた。枯れ木ではないのだ。

 頂上でどこかのおじさんがリュックを降ろして座り込み汗を拭いていた。「こんにちは!」「こんにちは!」やがて彼は高尾山の方に向ってスタスタと歩いて行った。
 登ってきた同じコースを下る時大声を張り上げてみた。「ヤッホー!」「新芽よ、出て来ーい!」こだまはなかったが気分がよかった。夫が笑っていた。


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