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20051201寺境 惟任

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2020.12.15 創作短編「クリスマスメッセージ2020―黒いサンタクロース」投稿者:寺境 惟任

クリスマスメッセージ2020

その1

 そのみすぼらしい親子が、ブローニンの町にやって来たのは、教会で結婚式が華やかに行われようとしている時でした。親子の髪は伸びほうだい、服はボロボロ、足には靴さえはいていませんでした。
 きらびやかな結婚式とはあまりにも不釣り合い。町の人々も、二人を見て不愉快さを隠せません。

 「お、お助けください。この子が、わたしのジョニーが病気で死にそうなんです。」

 父親はやせ細った子供をしっかり抱きしめながら、町の人々に向かって叫びました。でも、町の人々は知らん顔。顔をしかめて、いそいそと教会へ向かうだけです。

 「どうかこの子にお慈悲を」

 そう叫ぶ父親のほおに、涙がツツーっと流れました。

 「ええい、うるさい!うす汚ない乞食め!
  きょうは地主さまの家の結婚式なんだぞ。目ざわりだから、とっとと消え失せろ」

 一人の男がそう叫ぶと、他の人々も口々に二人をののしり、豚でも追いはらうように、その親子を町の外に追い出してしまいました。

 「お父さん、苦しいよ!」
 「ジョニー、しっかりしろ、死ぬんじゃないぞ!」

 暑い中での長い旅、食べ物もろくに食べていないジョニーの顔はやつれ、青ざめておりました。

 「お父さん、お父さん!」

 苦しげなジョニーの叫び、それはジョニーの最後の叫び声でした。

 「ジョニー!」

 父親の腕の中で、ジョニーは静かに息を引き取りました。それは生まれてはじめて平安を得たような、ほんとうに安らかな眠りに見えました。 

その2・

 雪が降りつもり、クリスマスの飾りで彩られたブローニンの町に、突如、夜の空気を切り裂くような女の叫び声が響きわたりました。

 「誰か助けて、泥棒よ!お金や宝石箱、金目のものは全部盗まれてしまったわ!」   

 そこはブローニンきっての大金持ちのお屋敷でした。女主人のローサが玄関に立ちつくして、無情に降りしきる雪を、目をいらつかせながら見つめていました。やがて声を聞きつけた住人が集まり、しばらくして警官もやって来ました。
 住人たちはローサに同情して、よりによってクリスマスの夜に盗みを働いた悪党を、憎しみをこめて罵り、すぐにでも見つけ出して投獄するように、警官たちをたきつけました。

 しかし、降りつづける雪はさらに激しくなり、人々の足跡をあっというまに消し去っていき、警官たちの努力もむなしく、もちろん泥棒の足跡を発見することもできませんでした。 

その3   

 その家にはクリスマスの飾りはいっさいなく、ただ細くて赤いロウソクが一本、窓際に置かれていて、見る見るうちにガラス窓を覆いつくしていく雪をぼんやりと照らしていました。

 「マリー、ごめんね」

 やつれた顔の母親が、ため息まじりに言いました。今年も愛する娘に、クリスマスの贈り物を何一つくれてやることができなかったのです。

 「大丈夫よ、お母さん。クリスマスはイエスさまに贈り物をする日なのよ。そして、わたしはもうあげたの」

 マリーは笑顔でそう答えました。

 「あげたって、イエスさまに? いったい何をあげたの?」

 「イエスさまが一番ほしがっているものよ」

 マリーがなんの迷いもなくそう答えるのを聞いて、母親は心が慰められるのを感じました。聖書を読んでいるときのような気分です。彼女は心に元気を取りもどし、チョッピリおどけて、マリーに尋ねました。

 「イエスさまが一番ほしがっているものって、なーにかなあー?」

 母親の笑顔につられて、マリーはもっとまぶしい笑顔で答えました。

 「お祈りよ、感謝のお祈り!」

 その言葉に母親は胸をうたれました。こんな貧しい生活の中で、この子はいったい何に感謝しているの?

 「マリー、教えて。感謝してるって、いったい何に?」

 「そんなの決まってるわ、神さまがわたしにお母さんをくださったことよ。お母さんといっしょにいるのって、神さまいっしょにいるみたいに幸せなの」

 母親はマリーを抱きよせ、あふれる涙を流れるにまかせて、神さまがくださった、この世で最高の贈り物をいつまでも抱きしめておりました。 

その4

 この貧しい親子の家の台所には、あの泥棒がひそんでおりました。
 二人の会話を盗み聞きしながら、泥棒は不思議な感動に満たされ、心が洗われるように感じました。

 ガチャン!

 「アッ」

 気をゆるめた拍子に、泥棒はかついでいた大きな袋を、台所の床に落としてしまいました。袋の中は、さきほど盗んだばかりの品物でいっぱいです。

 「だれ、だれかそこにいるの?」

 母親のおびえた声に、泥棒は観念したように、うす暗い台所から姿を現しました。

 「あなたは?」

 もちろん母親には、一見してその男が泥棒であるとわかりました。
 でも幼いマリーにはわかりません。

 「おじさんはだれ?」

 マリーの瞳は好奇心でキラキラです。

 「マ、マリーだね。」

 「ええ、そうよ。どうしてわたしの名前を知ってるの?」

 「おじさんはサンタだから、なんでも知ってるんだよ。
  マリーがこの町で一番いい子だってこともね。」

 「ええっ、ほんとうにサンタのおじさんなの!」

 マリーは目をクリクリさせて大喜び。

 「ほんとうよ、マリー。マリーがいい子だから、サンタさんがこうして来てくだ   
  さったのよ。ほんとうによかったわね」

 母親がそう言ってくれたので、泥棒はホッとしたように、ニッコリほほえみました。

 「でも、サンタさん、ずいぶん黒いわね?」

 「ああ、サンタはいつも煙突をくくって来るだろ。だから、ほらこんなにまっ黒  
  さ。さて、マリーには何をプレゼントしようかな」

 泥棒がそう言いながら、サンタクロースのまねをして、大きな袋から何かを取りだそうとすると、母親がやさしく言いました。

 「あの、サンタさん、もしよろしければ、袋の中のものじゃなくて、サンタさん
  の首にかかっている、そのペンダントをマリーにいただけないかしら」

 母親は袋の中身が全部盗品だということに気づいていたのです。生まれて初めてのプレゼントが、盗まれてものだなんて、マリーがあまりにもかわいそう。そんな母親の思いは、泥棒の心にも伝わりました。

 「いいでしょう。このペンダントは死んだ息子の形見です。マリーの首にかけて  
  もらえるなら 、こんなうれしいことはありません」

 そう、この黒いサンタクロースは、いつかの暑い夏の日に、ブローニンの町で死んだジョニーの父親だったのです。
 彼はあの日ジョニーを助けてくれなかった、偽善な町の人々に仇をうつために、今夜ローサという女の家に泥棒に入ったのでした。
 しかし、今の彼の心には、町の人たちに対する憎しみはすっかり消えておりました。

 「ありがとう、サンタさん。このペンダント、いつまでも大切にするわ」

 マリーはほんとうにうれしそう。
 ひげづらの泥棒の顔にも、やさしい笑みが浮かんでいます。もう何年も、男が忘れていた笑顔でした。

 「マリー、今夜はこのサンタも、すばらしいプレゼントをもらったよ」

 泥棒は、マリーの首にかけられたペンダントをやさしくなでながら言いました。

 「へえー、どんなプレセント?」

 「人を愛することのすばらしさだよ」

 「ま、サンタさんおかしいわ。そんなこと当たりまえのことよ」

 マリーはそう言って、ニッコリ笑いました。

 「そうだったね、ありがとうマリー」

 泥棒が出ていこうとすると、マリーが言いました。

 「サンタさん、来年も来てくれる?わたし待ってる」

 泥棒が振り返りながら、母親に目を向けると、母親は笑顔でそっとうなづきました。
 泥棒はもう一度ニッコリ笑って、

 「マリー、必ずまた来るよ。今度はもっとすてきなプレゼントを持ってね」

                              おわり

  • 素敵なクリスマスの作品をありがとうございます。
    このオムニバスが私の心の奥にクリスマスの街とマリーの家を描いてくれます。ジョニーのお父さんが人生も捨てたもんじゃないと気付き、罪を償ってマリーの住む街に希望を見出してくれることを願っています。 -- ふわふわの 2020-12-21 (月) 13:44:50
  • 考えさせられるお話です。天使のような子マリーがいてくれて、みんなが救われますね。 -- 岸野 みさを 2020-12-21 (月) 14:23:50

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