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2020.05.24 自分史・家族史「こころがけていること」 投稿者:ルシア

自分自身だけではなく、家族や他の人に対しても、誰かと比較することが問題や悩みを引き起こす要因になることってすごく多いなあ、とよく感じます。
誰かより出来てると思うことが高慢に繋がったり、誰かと比べて出来てないと感じて落ち込んだり、裁いたり。似た経験をしたのに結果が違うことに苦しんだり、自身が望んでいてまだ得られていないものを羨んだりすることもあります。

人はみんなそれぞれ違うからこそ、この世界でお互いに色んなことが経験できて分かち合って学びあうことができる。才能、性格、感じ方人生経験、環境ー全てがみんな同じなら、この世界で私たちがお互いに分かち合って得られることはほとんどなくなってしまうでしょう。

「わたしたちはとても多くの時間とエネルギーを使って,人と自分を,特に人の長所と自分の短所を比べてしまいます。」このウークトドルフ管長の大会でのお話がいまだに多くの人の心をとらえるのは、その状況で苦しんでる人が多いからだと思います。

比較して良いのは今の自分と過去の自分だけだと思います。もちろん頑張ってる他の人の姿を見て自発的に触発されて自分も頑張ろう、と思うことはたくさんあります。そしてそれはこの世界にたくさんの個性を持った人たちがいるからこそ出来るとても素晴らしい経験です。でも比較して自分自身や他の人を裁く材料にするために個性があるのではないのです。

私の伴侶は、黙々と毎日、運動をし、聖典学習をし、日記や記録をつけます。言葉ではなくただ自分がなすべきことを黙々とやる姿を私も子供たちも見ています。でも「あなたも運動したら?」とか自分がやってるからと言って絶対強要しません。もし強要されたら私は反発するでしょう(笑)。

でも私が家族で出掛けた先ですぐに疲れて動けなくなったり、平地で転んでけがをしたりする時に「やっぱり運動しなきゃ、かなあ」と私が言うと「そうだね、運動したほうがいいね」と同意するんです。基本、押し付けたりしないからこそ、自分も、頑張ったら良いかも、と思った時に、頑張ってる人から言われる言葉は響くんです。

以上は私自身、誰かと比較して自分自身を裁き、落ち込みそうな時、うらやましいと感じることが多々あるからこそ、感じていることです。お互いの性や才能を認め合い、大切にし、そして分かち合い、高め合えるそんな関係を築きたいなあといつも思っています。

  • 伴侶を尊敬できることは一番麗しいことです。同じように人々がお互いを尊敬し合えばもう少し善い社会を構築できるのになあ、と同感です。 -- 岸野 みさを 2020-05-25 (月) 14:27:31
  • 私も、同じような気持ちになることがあります。皆さんあるのではないでしょうか。人には、それぞれの長所と短所がありますから、仕方ないと思います。今は、なりたい自分に近づけるよう、努力の進行形です。(*^_^*)目標をもつと、いいかも知れませんね。目標を決めても、パっと出来るものではありませんので、へこんだり起きたりして繰り返しています。諦めなければ、いつか出来ると思っています。どなたか存じ上げませんが、お互いに頑張りましょう。 -- 文美 2020-05-27 (水) 14:07:09

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