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2020.08.03 旅行記・紀行文「明治中学校未公認自転車部その4 伊勢へ その2」 投稿者:HolynameJC

 東京の医大生だというそのお兄さんは意外でもあり、当然でもあるがはるばる東京からサイクリングでわたしたちがいる三重の山中までやって来たらしい。わたしがはじめて出会った都会の青年だ。テレビの中の住人が話す言葉をしゃべり、中学の坊主たちを大人のようにあつかってくれるのが高い知性の裏返しのように思われ、そのくせ自分のことを「俺」と言うのが微妙にアンバランスなのが、わたしにはかえって格好よく感じられた。
 わたしが起こした事故のためにわたしたちは手間どり、山道はすでに深い闇に包まれていた。季節はまだ桜の咲く前で、夜の山中は体が震えるほどに寒かった。わたしたちが野宿の用意を持っていないことを知ると、お兄さんは少し戻ったところに百姓小屋があったから今夜はそこに泊まろうと言った。とは言え、持ち主もわからぬ野小屋だったので、つまりはこっそり一晩世話になろうということだった。
 山道に面したなだらかな坂に数枚の棚田があって、坂をわずかに登ったところに建つ野小屋はその棚田を世話しているお百姓さんが一服の休憩を楽しむための場所なのだろう。土作りの簡素なかまどがあり、釜の中には数人分のお椀やら箸が無造作にほうりこまれていた。
 わたしたちはその夜だけは三人の命をお兄さんに預けた。かと言ってお兄さんはわたしたちに何かを命令するわけではなく、はじめからわたしたちを指導するためにやって来たコーチであるかのように、火のおこし方を教えたり、自然のなかで水を手に入れる方法などを教えてくれたりした。実際わたしたちは闇の中をお兄さん所有の懐中電灯の光を頼りに歩き回り、二、三十メートルほど離れた棚田の畦に沿って流れる溝ほどの流れを発見し、野小屋にあったドンブリに汲んで何度か往復した。
 その夜のメニューは即席ラーメンで、お兄さんにとっては何日か分の食料だったに違いない。そのお兄さんはそれまでの短い人生のなかでも両親に次ぐ恩人のはずだったが、朝の別れにいたってわたしたちは名も住所も聞く心のゆとりもなく、ただ頭を下げて感謝の言葉を述べることをようやくできたに過ぎなかった。
 そしてお兄さんは出会ったときのようにさりげなく自転車の人となり、わたしたちに先んじて伊勢方面に向けて坂道を下っていった。いま、誰か会いたい人がいるかと尋ねる人がいたら、わたしはあのお兄さんのことを思い出すだろう。彼にもう一度会いたく、会えば感謝を伝え、その後の人生のいくつかを語り合えたらいいと思う。
 サイクリング二日目の太陽がわずかに西に傾きはじめた頃、わたしたちは自転車から降り、結界である橋を渡って、森に包まれた玉砂利の道を歩いて目的地であった伊勢神宮の正宮の前に立っていた。それまでのわたしは子供なりに無神論者であることを自負していたが、神官以外の出入りを許さない清められた空間に建つ神殿に相対したとき、わたしはわずかに心を動かされ(つまり感動し)、ここにだけは神が存在するのではないかと思った。
 横の二人は何を思うのか、しかしわたしは自分の思いを二人に知られてはならないと思った。それは「神聖」という言葉が適した思いであり、ほんの中学生であるに過ぎない自分が他の人間と共有できるものではないと感じたからだった。わたしは仲間である二人に秘密を持ってしまい、秘密を隠したまま家に帰るミッションに移った。
 その日の夜は桑名の郊外の道沿いの田んぼに積まれた藁束の中に体をうずめて眠りについた。夜の空は快晴で無数の星が天上を飾っていた。
 朝は近くを走っている鉄道のおそらく一番列車の通り過ぎる音で目覚め、空腹のまま自転車を走らせた。二日前に走った道を逆走し、再び木曽川の渡しで舟に乗ったが、船頭さんは別の人で、走り疲れていたわたしたちは言葉もなく、わずかな時間、体と心を休めるために目を閉じて舟が対岸に着くのを待った。
 昼を過ぎる頃に中学校に到着し、校門の前でビリとコンチと別れた。残すこと数日で三人とも中三になる。なにやら重い責任が被さるようでもあり、今よりもたくさんの自由を手に入れて、大きく羽ばたけるようでもあった。ビリの心はもちろん後の方だった。別れ際、ビリはコンチとわたしに目に笑みをたたえて言った。「夏には琵琶湖だぞ」

  • まあ、早くも次のミッション!忘れ得ぬ人との出会いはめったにないだけに探してみては如何ですか? -- 岸野みさを 2020-08-05 (水) 13:02:29
  • 岸野様、温かいコメントありがとうございます。助けてくださった青年とは、何の手掛かりもないので会えないままですが、先月、リーダーだったビリ(山形弘志くん)に電話をして30分ほど話しました。50年ぶりのことで彼は私のことをすぐには思い出せず、「ビリだよね」と呼びかけて初めて気づいて、とても驚いていました。そして友情はすぐに蘇りましたね。再会の約束をしましたが、何かドキドキワクワクではない不安があるのはなぜでしょう?😅 -- 山田憲彦 2020-09-02 (水) 13:27:36

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