穀粒(こくつぶ)会員のための、創作および出版支援サイト

20090601岸野みさを

トップページへ 自分史・家族史トップへ画像の説明

2020.09.06 自分史・家族史「婆バカ日誌(2)」 投稿者:岸野みさを

2019.8.17 遊就館に孫息子のGと孫娘のMとママが行った時、どこかの小学生が質問したそうだ。「靖国神社に祭られている人たちの名前の下に『命』と書かれているのは何故ですか?」と。それは神になったという意味の語であるとママの仲間が教えてくれた、という。

2019.8.30 孫娘のM、親知らずの歯を抜歯する前にママに質問したことは「お医者さんに家庭科の成績が良かったか聞いてみてもいい?」「何?」抜歯の後2針縫ったそうだが、彼女はそれを心配していたのだという。

2019.8.30 今日は孫息子Aの17歳の誕生日だ。赤飯を炊いて祝う。俳句を創ってメールした。
「ここ(地上)に来て 17の夏駆け抜ける」
するとAから感想が返信されてきた。
「17の夏はもう終わったということですか?」私の思いは「地上に来てもう17年かぁ、こうしちゃいられない」てな、感じを出したかったのだが……

2020.8.12 Aが昨年に続き善光寺を見学したいと言って彼ら全員で出かけた。途中の道の駅で昨年買った、あんず、りんご、ブルーベリーの寒天ゼリーが美味しかったので所望した。3個で1セット。で、何セット買う?と娘から電話が来た。10セットと答えると7セットしかない、というのでじゃあ、全部と答えた。帰宅してから聞いた話だが、駐車場に戻りかけるとそこの店のおばさんが「全部買って貰ってありがとうございます。このゼリーは地元の学生たちが研究開発し、期間限定商品でここでしか販売していないんですよ」「まあ、そうですか、貴重品ですね」「ところで、どこから来たのですか?」と聞いてきたので「東京」と答えると突然おばさんは「シー」と指を口に当てて向こうに行ってしまったそうだ。何のことはないコロナ恐怖症なのだった。これはまだいいほうで、地元ナンバーではない車のタイヤに穴を開けたり、帰れ、のステッカーを車に貼ったり、昔の村社会同然のことが日本全体で起こっているようだ。14日に八王子に戻ったが15日に再度東京都は越境自粛を発令した。

2020.8.13 15時、庭の木陰にイスを並べて夫と二人でモルモン書を読んでいると、そこへママと次男が戻ってきた。これから温泉へ行くのだという。2階で勉強をしていた長男のAも降りて来て一緒に温泉へ行く。「こうして風に吹かれてモルモン書を読むの楽しいよ」と私が言うと、「呼んでくれたら来たのに」と。そうだったのか、「ごめん、ごめん」受験勉強の邪魔をしないでとママから厳重に言われていたのだった。

2020.8.30 Aの18歳の誕生日だ。赤飯を炊いて祝う。今年は色紙にみんなでお祝いの言葉を川柳か俳句で書こうとなった。今まで自分一人でやっていたことを家族に広げるのだ。次の日の31日は次男の誕生日なので二人分の色紙を用意し、家庭での聖餐会の後、何日か前にラインで依頼しておいたので、用意した星形の小さな紙に書きこんで色紙に貼るだけだったが「えっ?聞いてない」とか「読んでない」とか「おめでとうでいいじゃん」とか、の発言があった。
それでも出来上がりは上々だった。次女が「読みたぁい」と言ったがAが公表しないで、というので一部だけ分かち合うことにする。

Aへ
暑い夏 君が生まれた ステキな日  (ママ)
なんたって 花の18 選挙権    (祖母)
青二才 心の窓は 開けておけ    (祖父。編集あり)
初孫を 抱きて希望と 夢も抱く   (パパ方の祖母)
うぶ声が 一瞬遅れ 逆さ吊り    (パパ)

次男のGへ
目指すのは 自己の確立 少林寺  (祖母)
自転車と 加速していく 君の夢  (パパ)
力持ち  名前のごとく 慈愛持ち (パパ方の祖母)

このコロナ禍、長時間の三蜜は芳しくないので赤飯をお土産に散会した。彼らの住居は私の家からスープの冷めない距離にある。

因みに16歳の誕生日にAに贈った言葉はニーチェの名言だった。
「樹木にとって最も大切なものは何かと問うたら、それは果実(結果」だと誰もが答えるであろう。しかし実際には種(思考)なのだ」

Aが大学は哲学科を専攻すると聞いて私も夫も戸惑いを隠せなかった。哲学科で宗教、倫理、哲学、美学を学びたいのだという。
2019.7.16穀粒の「婆バカ日誌」に掲載してあるが彼は倫理と歴史の成績が良かった。倫理100点を取ったとき「次回は100点取らせないぞ」と教師から挑戦されたのだった。当時倫理の教師でもあり、副校長でもあった先生は現在校長先生になっている。

若者は色々な思想から影響を受けることは分かってはいるが哲学についてマッコンキー長老の文章を読んでみた。

近代の哲学者エマソンは「哲学とは、世界の成り立ちに関して人間の精神が自らに与える説明である」と言った。もう一人の近代の哲学者ウイル・デュラントは「我々は哲学を全体的な視点、すなわち生命の全面をおおい、混沌から調和を創り出す精神であると定義する」と述べている。それには「倫理の領域や………善良な生き方の性質」を含む「人間の生命の価値と意義に重大な影響を与えるあらゆる疑問」が含まれる(MPHix)。また、彼は「哲学のみが我々に知恵を与える」という意見も述べている。「哲学は善と悪、美と醜、秩序と自由、生と死……といった問題を取り扱うという困難で危険な課題を受け入れる」(SPH2-3)。

 ヂュラントの著作のような基礎的な哲学の教科書にはみな、神と不死不滅、品行、道徳、不道徳、物質、生命、精神、存在、倫理、真理、理性、本能、物質主義、生と死、愛、結婚、社会関係、幸福の探求、人格の要素、自由、宗教の機能、キリスト教などに関する議論が含まれている。

 誰でも、神、福音、救いの律法に関して少しでも知識を持っている者にとって、哲学が啓示を排除し、理性だけによって永遠の真理を決定しようと試みる宗教であることは明らかである。その主要な部分に於いて、それは、我々はどこから来たのか、なぜここにいるのか、どこに行こうとしているのかといった疑問に対し、全能者の啓示に言及することなく説明しようとする試みである。

 哲学は神、存在、善悪、選択の自由、不死不滅などの関する一般的な信条と考えの体系であり、それらのすべては、真の生ける神と預言者を通してもたらされる啓示を排除する。哲学者も神の存在を信じると公言するかもしれないが、彼らの信条は背教的である。彼らは教派主義の信条に描写される法則、影響力、または無形の霊的要素を礼拝しているのである。

 真の哲学は、キリストの福音を通してのみ、またキリストの福音の中にのみ見いだされる。それは天から啓示された哲学である。その中には、この世の哲学者が抱えるすべての問題に対する確固とした回答がある。それは推論的な思想家の抱える「どこから」「なぜ」「どこへ」という永遠の疑問に答えており、それらの答えは神の答えである故に真実である。
(SK)
「モルモンの教義」  ブルースR・マッコンキー 12使徒著 

 Aは穀粒2017.9.2の「少年たちの群像(10)」に掲載してあるように当時は従順な子供だった。

先日身代わりのバプテスマを受けた孫に「どうだった?」と聞くと「何回も受けているので……じゃあ、二言に集約して言うよ」「どうぞ」「1、神聖!2、先祖に感謝」「まあ素晴らしい!先祖に思いを向けて、身代わりで受けることの体験は大事よね」「戦国時代に生きた織田家や上杉家の人々はその時代をどう思っていたのだろうね…」という孫はいつの間にか成長している。爺の父方の先祖に夫が織田で妻が上杉という夫婦がいて、私が孫に身代わりをしてほしくて、彼がユースと一緒に行かれなかったので都合がつくまで織田家と上杉家の男性たちに待ってもらっていたのだ。「神殿は唯一霊界と現世を繋ぐ場所なんだよ」とばあがいうと「お墓も繋がっていない?」「そうね。復活の時墓から出て来ると言うしね」

その後読書好きの彼が「ヒトラーの我が闘争」を読んだ後こんなことを言った。
「ヒトラーがユダヤ人500万人をガス室に送ったからと言って彼だけが悪いのだろうか?広島への原爆投下は死者約20万人、長崎で14万人に及び、(5年後までの統計)東京空襲は一晩で10万人を殺した」爺が「戦争と民族絶滅政策は違うんじゃないか?」と言うと「大義が違っても人の命を奪うことに於いては同じだ」と言った。

Aは現在家庭での聖餐会でアロン神権の務めを熱心にやってはいるが、セミナリーがリモートになってから途中から受けなくなってしまった。それで私は彼だけではなく孫たちに対して毎朝欠かさず続けていることがある。今日で71回になった。その結実を皆様にも分かち合える日が来ることを信じながら……

  • 岸野姉妹が普段ご家庭でされていることを知って、自分が生ぬるい信者であることを思い知らされました。今は妻と四女との3人暮らしですが、5人の子供と9人の孫がいて、教会を離れている子供もいるし、孫たちとは年に片手の指の数ほどしか会わないし、福音を分かち合うことはほとんどありません。考えさせられました。 -- 山田憲彦 2020-09-06 (日) 20:40:48
  •  私が高校3年の時に倫理社会の宿題があり、私は、マタイに依る福音書を読んで、それについて、イエスキリストなる者は、実在したのかもしれないが、ただの人間であり神ではない、などと書いたことがあり、先生が、赤字でその考えは間違っている、もっと研究する必要がある、というような内容で書いて戻されたことを思い出しました。
     それが私の改宗の一つの要因であったのですが。
     私もそうですが、この末日にあって、子供、孫への思い、よく感じます。 -- 丸山 幹夫 2020-09-07 (月) 09:28:25
  • お二人へ
    コメントありがとうございました。訓練のための試練とはいえその中に希望を見出したいのです。 -- 岸野 みさを 2020-09-07 (月) 10:39:27

認証コード(4563)

powered by Quick Homepage Maker 5.3
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional