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2020.10.13 自分史・家族史「末日に生きる」 投稿者:文美

 コロナウィルスと言う耳慣れない言葉が世界中を飛び回り、右往左往している間に私達の生活は劇的な変化を余儀なくされています。

 今年のお正月を迎えた時、この年が、今までに経験したことのない特別な年になろうとは夢にも思わず、今年はどんな年にしようか等と目標を考えていたあの時の私は、幻であったかのようにさえ感じられます。 神様の中では、全てが想定内の事でしょうが、器の小さな私にとっては予想もできない事が起きてしまいました。まさか、今が末の日である事を思い知らされることになろうとは...こんなに早いスピードで、しかもこんなに長い間ミクロの生物に応戦することになろうとは夢であったならどんなに嬉しいでしょう。

 今でも日常の生活が、現実として受け止め難い思いがあり、認めたくないような認めているような、複雑な心境です。 けれども、聖典に書かれている事が真実ですから、今まさに現実として起きているのです。 とは言え、私達は前に進まなければならず、好むと好まざるに関わらず、確かに聖典に書かれている末日の時代に生きていると言う事を、認識せざるを得ません。

 どの時代においても、神様の言われたことが、その通りにならなかった事はなく、乱れた世の中にあっても善は善に向かい、悪は更に悪の色をはっきりと映し出しています。

 では、無力な私に何ができるのか。まずは、自分の内側を清めるために、出来る事を一生懸命喜びをもって行い、指導者の言葉に従い、一致するように修正して行きたいと思います。 霊の目が開かれるようにと願っています。

 腐敗してしまった各国の政治経済、個人の自由意思を奪う政策、組織や個人、人種差別、同性愛の容認、蔓延する不貞報道、違法薬物の乱用、殺人、自殺に追い込むうつ病、SNSによる誹謗中傷、家族同士の対立、拉致問題等、ガデアントン強盗団の力をそこかしこに感じ目の当たりにし、神様の怒りが試練という形でがこの世界に訪れても仕方がないと納得せざるを得ません。

 ガデアントンの思想は、テレビやその他のメディアを通して、知らず知らずの内に私達の生活の中にも入り込んでいます。

 ところが、多くの人が震えおののくこの時代にあっても、希望を失わず神を信じ人の過ちを赦し、毎日明るく上を向きボランティアの精神を基に助け合っている並みはずれて楽観的に生きている人達がいます。 それが、私の愛する末日聖徒イエス・キリスト教会の教会員達です。

  多くの神殿を建て、献金により発展途上国や学問を学ぶチャンスのなかった仲間達にそのチャンスを与え、ミニスタリングにより弱っている人に寄り添いお互いに鼓舞し合っている教会が他にあるでしょうか。
 生者だけでなく、幕の彼方へと旅立ってしまった先祖の方々にも、祝福があるようにと考え行動している教会が他にあるでしょうか。
 更に、家族歴史を探求する事により、多くの先祖や親族に祝福を分かち合っているこの教会が他にあるでしょうか。

 今回2020年10月の総大会において、ホランド長老がこの様な事をおっしゃいました。「神様、私に祝福をください。でも苦しい試練は与えないで下さい...」というような祈りをする人が居ると...ホランド長老はよくご存じだと思いました。自分勝手なお祈りであり、聞き届けられない祈りですが、私自身も言葉こそ違えど、同じような思いで祈っている事があると、感じたからです。 恥ずかしながら、はっとしました。悔い改めよう!そう思いました。

 又、私達は、教会の戒めやワードのルールに従うのが難しいと思う事があります。 けれど、従いたいと思います。聖典にあるように、不承不承ではなく進んで行いたいと思います。 何故なら、人知では理解が出来ない事が沢山あるからです。 たかが100年も生きていない私達の考えが、永遠を生きていらっしゃる神様の知恵に勝るわけがないのですから。いつも、自問自答し謙遜になる必要があります。 常に、主と会話しながら自分の思いが強いからそう思うのか、それとも、み霊が促しているのかを考える練習が必要だとおっしゃいました。

 総大会の預言者の方々のお話を聴きながら、肉体的に辛い試練があっても、気持ちが落ち込み精神的に辛い試練があったとしても、最後の最後まで主に従いながら歩いて行きたいと改めて思いました。 そして、自分の考えが偏ってきていないかを知るためにも、文明の力を使って多くの人達とコミュニケーションをとりたいと思います。

  人は、一人で生きて行こうとする時、独りよがりになりかねません。 神様が、私達に家族や親戚、友人、知人、兄弟姉妹を通して助言を下さることがある事に感謝します。 微笑みを浮かべ、有り難うとごめんなさいを互いに言い合えますように。 ある兄弟が、笑顔は世界を救うと、おっしゃっていた事を思い出します。それが真実だと、証致します。なぜなら、使徒達のお話と一致しているからです。 柔和な笑顔は、凝り固まった心をほぐしてくれます。笑顔、大事です。
 この教会は真実の教会です。キリストの御名により証致します。

  • 「ありがとうとごめんなさいを互いに言い合えますように」とかく「ありがとう」は言えても「ごめんなさい」と言って素直に自分の非を認めて、悔い改めと謝罪を示すことができる人は多くはないと思います。自分も含めて……。

    -- 岸野 みさを 2020-10-15 (木) 21:16:47

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