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2020.03.02 自分史・家族史「ジョセフ・スミスの見神200周年を記念しての証」 投稿者:丸山幹夫

「救い主の福音の回復」メッセージを分かち合う

 本当に、末日聖徒イエス・キリスト教会に入るためのバプテスマを受けてよいのだろうか?
 1971年5月8日。バプテスマを受けるその朝、雨が降りし来る中、私はふと悩み始めた。
 私が18歳の時、二人の宣教師が、私が住む団地のドアをたたき、モルモン書を1週間貸すので読んでほしいと置いて行った。それから3週間、毎週訪問してはどうであったか聞かれた。しかし、私は1ページも読まずにいた。さすがに悪い気がして、パンフレットにある住所のところにモルモン書を返しに行った。
 宣教師たちは、30分時間があるかと聞いてきた。私はその時浪人中であったためあると答えた。そして、洋館の建物の中でレッスンが始まった。
 ほとんどアメリカ人と話すことがなかった私は、カルチャーショックも含め、彼らの人柄に引き込まれ、また、小さな洋館で行われるいろいろな活動にのめり込んでいった。数人しかいない若い会員とも仲良くなり、とても楽しい時間を過ごした。
 それから1か月たち、バプテスマを受ける約束をしてしまった。
 何もわからず、モルモン書も始めから一度も通して読んだこともなく、言われたところのみ読んだだけであった。
 バプテスマ当日、当然と言えば当然であろう。バプテスマを受けてよいのか不安を感じてしまった。
 今考えるに、ジョセフ・スミスと同じというのは本当におこがましいが、サタンが、私にいらぬ思いを持たせたのではないかと思う。
 そうこう悩んでいるとき、ふと「ジョセフ・スミスの見神禄」という宣教師から初めにもらったパンフレットが目に入った。
 私は、迷うことなくそれを読み始めた。読み終わった時、「私は、この教会のためにすべてをささげたい」という気持ちになっていた。
 今から考えると、まさに主が、御霊を通して、ジョセフ・スミスが神とイエス・キリストとお会いしたことを私に証された瞬間だったのだろう。
 それからもうすぐ50年、私は今もその時の光景をはっきり覚えている。
 また、半世紀の間、自分も含め家族に大きな病気や問題、試練が数えきれないほどあった。
 現時点でもいろいろな心配事は数えきれないほどある。
 しかし、私は、信仰を失うこともなく、心から神様を愛し、すべてを受け入れ、神様に感謝している。すべてが神様からの祝福であると理解できる。
 今でも、私がこのような気持ちでいられるのも、50年前に、神様が御霊を通して、ジョセフ・スミスが確かに神様とイエス・キリストとお会いしたということを御霊を通してはっきり心の奥底まで感じさせてくださったからだと思っている。
 私は、心から証しする。ジョセフ・スミスが神様とイエス・キリストとお会いし、この末日に救い主の真実の福音が回復されたことは真実だと。
 私たちは、この福音に従った時、私たちが想像できない祝福をもたらしてくれること知っている。
 家族も、友人も、また、すべての神様の子供たちに、この真実の福音を学び、喜びを感じてほしいと心から思って、この証をする。

  • 「見神」というズバリ断言を最初に目にしたせいか、その後の「最初の示現」という翻訳には中々なじめなかったです。「すべてを受け入れる」ことができるのは完成に近づいている証拠だと感嘆します。 -- 岸野 みさを 2020-03-05 (木) 11:37:02
  • 「私は、この教会のためにすべてをささげたい」と言う気持ちになられたとは、素晴らしいスピリットですね。私は、徐々に確信がもたタイプですので、雷に打たれたようなスピリットは、羨ましいです。いつも、主の道を歩いてこられている丸山兄弟を尊敬しています。 -- 文美 2020-03-08 (日) 16:11:33

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