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2021.04.19 評論・研究論文「生命を詠う詩人たち」投稿者:米村 晋 詩と詩論「笛」2021年4月295号視点・詩点より転載

 神谷美恵子は、著名な精神科医であるが、評論家・哲 学者・詩人としても知られ著述・翻訳書も多数ある。彼 女は、大正三年(一九一四年)生まれで昭和五四年(一九 一四年)に六五歳で亡くなっている。父親は内務官僚で 文部大臣にも任じられており、彼女の家系には政治家・ 教育者などが多い。
 彼女は一九歳の時、牧師の叔父に頼まれてハンセン 病の療養所に、賛美歌のオルガン演奏に行った。この時、 初めてハンセン病患者の悲惨な境遇と実態を知り甚く心を動かされた。以後、彼女はハンセン病患者の問題に深い関心を抱き患者たちの治療・救済のために医学を志す。 東京大学の医学部に進学し精神科医となり、結婚を契機に夫の同意を得て、岡山県の離島にあるハンセン病療養所「長島愛生園」の非常勤講師として勤務する。当時、交通機関は船便しかなく、毎週数日間は泊まり込みで診察にあたった。この十五年間の臨床・研究の記録が『生 きがいについて』(みすず書房・二〇〇二年)という著書 になる。これは、(ハンセン病患者にどうすれば生きがいを持ってもらえるか)というテーマで書かれた名著として今日も広く読まれている。 この著作の中で、神谷美恵子が生きがいの一つに詩歌 を教えた例として、患者の詩がいくつか掲載されている。

「点字」 近藤紘一

 ここに僕らの言葉がひめられている/ここに僕らの世 界が待っている/舌先と唇に残ったわずかな知覚/それは僕の唯一の眼だー中略ー唇に血がにじみでる/舌先がしびれうずいてくる/試練とはこれか/かなしみとは これか/だがためらいと感傷とは今こそ許されはしない /この文字、この言葉/この中に、はてしない可能性が大きく手を広げ/新しい僕らの明日を約束しているのだ /涙は/そこでこそぬぐわれるであろう
(「闇を光に」近藤紘一著・みすず書房・二〇一〇年)
ハンセン病患者の大半は視力を失い、文字は点字で読んでいる。
点字は突起部分の一つ一つが星の形をしているので(星)と呼ぼれている。普通の患者は、指の先で(星)に触れて判読するが、この作者は手足の指先の感覚が麻痺しているため、唇と舌の先で(星)をなぞるのである。
これは(舌読)と呼ばれるが、舌の粘膜や唇の薄皮が 破れ激痛を伴って出血する。普通は他の人に朗読してもらうのであるが、彼は自分で読むことに拘った。どうしても自分で読んで心に留めたいと思ったからである。

「土壌」志樹逸馬 (しきいつま)

わたしは耕す/世界の足音が響くこの土をー中略ー 原爆の死を 骸骨のつめたさを/血のしずくを 幾億 の人間の/人種や 国境を ここに砕いて/かなしみを 腐敗させてゆく/わたしは/おろおろと しびれた手で 足元の土を耕す/どろにまみえる いつか暗さのなかに延ばしてくる根に/すべての母体である この土壌に /ただ 耳をかたむける
(『島の四季』志樹逸馬詩集・編集工房・二〇一〇年)

 この作者は、原爆死した人あるいは不条理に命をうばわれた人の、悲痛と苦行とにわが身を繋ぎ一体になろうとしている。ここにいう土壌とは、亡くなった人々の骨や血を埋めている世界中の「大地」を指す。この「大地」 には先大たちの無音の声が刻まれており、それを耕して 蘇らせるのが詩人の使命であるという。

神谷美恵子は、病弱で自らも肺結核や狭心症などの重篤な病と身体的な不自由さを抱えていた。それにもかかわらず、一七回の人退院を繰り返しつつハンセン病救済運動に生涯を捧げたのである。

彼女は、「長島愛生園」での患者たちの治療の記録を 多数の著書に著したが、その中に彼女自身の信念と希望とを詠んだ多くの詩がある。

 「同志」 神谷美恵子

 こころとからだを病んで/やっとあなたたちの列に加わった気がする/島の人たちよ 精神病の人たちよ/どうぞ 同志として うけ入れて下さい/あなたと私との あいだに/もう壁は何もないものとして
 (「こころの旅」神谷美恵子著・みすず書房・二〇〇五年)

 ハンセン病は、戦後に特効薬が開発されるまでは不治 の伝染病とされていた。全身の神経系統が侵され皮膚や 骨格が変形・腐乱するため、異様な容姿となることから 世間から忌み嫌われた。家族からも戸籍から抹消されるなど激しい差別と嫌悪の中で世間から身を潜めていた。 政府も国策として、離島に療養所を設け生涯にわたり 世間から隔離して出所を許さなかった。遺伝を防ぐという目的で強制的に断種し患者の増加を防いだ。
そのような過酷な状況の中で意欲のある患者は、詩歌の創作に生命を捧げた。神谷美恵子のように献身的に運動する者たちの努力により、少しずつ作品が世間に伝わりそれにつれハンセン病に対する理解も広まってきた。

 しかしながら、ハンセン病患者に対する謂われなく過酷な処遇は、今日に至るも秘密にされ彼等は何の保証も 救済も受ける事なく、歴史の裏面に消えていこうとしてるのである。

  • 日本中に国立ハンセン病療養所は13箇所、私立の療養所は2箇所あるそうですね。日常の生活の中でこのような人々との交流はおろか接点さえないので、こうした命の叫びのような閃光が走る詩歌をご紹介頂き大変ありがとうございました。 -- 岸野 みさを 2021-04-20 (火) 20:50:41

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