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2022.08.14 自分史・家族史「人の子は何者なので、これを顧りみられるのですか」 投稿者:向谷亮

大学時代、夏に行った北アルプス涸沢キャンプ場。真夜中にトイレに行くためにテントを出たときに見上げた星空、というか見上げなくても覆い被さるように身の回りで輝いている数多の星。それらを見た時、思わず声をあげてしまいました。
家族数人で泊った標高2800メートルの木曽駒ヶ岳キャンプ場からは、視線と同じ高さに入道雲があり(はるか遠くですが)、その入道雲の中で稲光が光っていて、それが夕焼けと重なって、息をのむようでした。
アメリカのグランドキャニオンを目の当たりにした時には、とても信じられず、強くその光景は心に残っています。

私の好きな聖書の言葉に:「わたしは、あなたの指のわざなる天を見み、あなたが設けられた月と星とを見て思います。 人は何者なので、これをみ心にとめられるのですか、人の子は何者なので、これを顧りみられるのですか(詩篇8篇3~4節)。」というのがあります。

自然の光景を見ると、自然の雄大さと、この雄大な自然を作った偉大な存在と、そしてその中のちっぽけな自分を思い起こします。と同時に相対的にはちっぽけですが、同じように創造された者としての喜びをも思い起こすのです。

  • 手の届くようなところにある星たちに囲まれたことはありませんが、暗い夜空に燦然と輝きを放つ星座たちに感嘆したことは度々ありました。「ああ 自然よ父よ」と高村光太郎のように言ってみました。 -- 岸野 みさを 2022-08-16 (火) 12:10:24
  • 素晴らしいですね。私も、北海道の社員旅行で、真っ暗な場所で皆で毛布を引いて寝転がり、真っ暗な場所で夜空を見上げるツアーに参加したことがあります。
    とても、素晴らしくて吸い込まれそうでした。人口衛生がくるくると地球の周りを回っている様子も見えました。空を見ると、自分がちっぽけに見えますね。
    広々とした海を見るときも、同じ気持ちになります。神様の業を目の当たりにする時、飲み込まれてしまいます。 -- みよこ 2022-08-16 (火) 12:47:10
  • ちょうど、皆さんと同じように詩篇を読んでいる昨今です。この8篇3〜4節にこんな思いを重ねるなんて、なんという感性の高い方でしょうか。「人の子は何者なので、これを顧りみられるのですか」、この言葉が胸に迫ってきました。ありがとうございました。 -- おーちゃん 2022-08-17 (水) 23:20:41

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