穀粒(こくつぶ)会員のための、創作および出版支援サイト

23040302芥野 正己

トップページへ 譜面台の練習曲メニューへ

2023.04.03 評論・研究論文「趣味の読書とユダヤ系の作家(前篇)」 投稿者:芥野 正己

 わたしは読書を趣味としている。大体年間で80~90冊くらいの本を読んでいる。最もよく読んでいるのは歴史に関するもので、フィクション、ノンフィクション問わず好きである。次に多いのが推理小説、特に本格ミステリといわれるジャンルで、かなりマニアックな方かもしれない。

 あるときふと気が付いたのだが、翻訳された小説をよんでいて、自分のお気に入りの作家は、ユダヤ系米国人が多かった。何かしらシンパシーを感じる理由があるのか、それともそのような出自の書き手には、わたしの好むものを書く下地があるのだろうか?

 そんなこんなで、若いころ一冊だけ短編集を読んだ作家を読み返してみようという気になった。それはバーナード・マラマッド(マラムード表記もあり)という作家の短編集で(『マラマッド短編集』新潮文庫)、30年以上まえから、引っ越しを繰り返しながらも、うちの本棚の取り出しやすいところにあったのだ。ほとんどの作
品が、近代(20世紀半ば)にアメリカ社会で暮らすユダヤ人の哀歓を描いたもので、旧約聖書の時代の彼らの営みが現代によみがえったらこんな感じか、と思わせるものだった。そしてふと思い当たったのだ。新約聖書ほどではないが、旧約聖書も繰り返し読んでいて15回は超えている。しかしそれはキリスト教徒としての視点で
読んでいて、ユダヤ人としての読み方は、また違っているのではないかと。

 それからしばらくのあいだ、読書の中心がこの作家の作品を探して読むことになった。日本では広く読まれているという作家ではないので、絶版になっている本が多く、地元の市立図書館には蔵書が少なく、なかなか難儀したのだが、手に取ることができる限りは目を通した。市の図書館の方にお手数かけて、近隣の他の自治体の図
書館から取り寄せてもらったりした。そのなかで決定的なこれぞ代表作、を発見することができた。
 それは『修理屋』(早川書房)というそっけないタイトルの長編小説である。知名度こそ低いが、世界文学の最高峰、ゲーテやトルストイ、あるいはドストエフスキー(個人の感想です)の代表作に比肩するような傑作だとおもっている。
 この作家にしては珍しく、過去のロシアでの物語である。以下のようなあらすじである。

 ロシア帝政下の田舎町でしがない「修理屋」を営む男ヤーコフは、一旗上げようと都会に出てゆく(現在のウクライナのキーウ)。そこである程度の成功を収めるのだが、それはユダヤ人であることを隠して得られたものだった。帝政ロシアでのユダヤ人に対しての差別はひどいものだったのだ。
 やがてヤーコフは出自がばれ、身に覚えのない殺人の罪で投獄されることになる。この小説の三分の二が牢獄の、あるいは取り調べの場面を克明に描いたものである。
 どうせユダヤ人だから、しかもそれを隠すような奴だから罪人に違いない。ヤーコフは無実の罪で塗炭の苦しみを舐める。やがて宗教心などろくになかったこの主人公は、牢獄で聖書を読むようになる。自分たちの聖典である旧約のみならず新約も読み、キリストの受けた受難が彼の心を貫く。そして、キリスト教徒にこう問いかけ
る。
「キリストを愛している者が、どうして無実の人間を監獄で苦しませたりできるのですか?」

 もちろんこれは小説なのだが、実際にこの時代、この地域でユダヤ系住民が苦しんだのはまぎれもない歴史的事実。この作品から数十年後、ドイツではナチスによるユダヤ人迫害の時代を迎える。しかしロシアにおけるユダヤ人迫害は、戦争のない平時に行われた。
 運の良かったユダヤ系住民は、ロシアを脱出してアメリカに移住して迫害を逃れることができた。マラマッドはその子孫である。

 今年、我々は新約聖書を学んでいますが、キリストの生涯と教えという特殊な事例でありながら、そこで不変で普遍の原則を見い出すことと通じるものがあるようにおもいます。  
優れた文学作品の要素として、特異な事例を描いているのに普遍的であることが必要だとおもっています。
先祖がユダヤ人であるゆえ受けた迫害を元に作った物語でありながら、この『修理屋』では数千年に亘る歴史や、そのなかでの誤ったキリスト教徒の独善なんかを私としては感じました。

  • すでに8000冊は読破されていると伺いました。その原動力は一体どこからくるのでしょうか?趣味と仰らないで下さい。研究者の領域に入っていると思います。孫が「マラマッド短編集」を捜すと言っていましたので見つかれば読んでみたいです。後編期待大! -- 岸野 みさを 2023-04-03 (月) 20:09:52
  • 読書数、驚き!の一言です。40年も日本在住のユダヤ人の友達家族がいますが、娘の結婚式には、エリヤの席を用意してました。
    世界に散らされてるユダヤ人、イスラエルの集合にどのように関わり改宗するのでしょう。 -- うば桜 2023-04-03 (月) 21:36:12
  • ユダヤ人は、日本に関心があると聞いていますが、私もユダヤ人の歴史には関心があります。以前、テレビで四国にピラミッドがあるとか、ユダヤ人と同じ歴史があるとか……そんな番組を見たことがありますが、書物からユダヤ人についての事を、読んだことはありません。いつか、読みたいと思っていながら、You Tubeにあるものを聞いたりするばかりてす。
    文字を読むのは、体力、気力、好奇心がなければなかなか続きません。年間、二桁の本を読む事は、素晴らしいですね。私も、何か一冊でも狙いを定めて、読破したいものです。
    戦争の頃に、ユダヤ人を助けた杉原千畝の記念館に、行ってみたいです。日本人の熱き血潮を受け継いでいると思うと、日本人として生まれてきたことに感謝です。だがしかし、私に何ができるやら・・・です。 -- 南国鹿児島の女 2023-04-04 (火) 17:53:49

認証コード(6604)

いただいたコメントは即座に反映されないことがあります。送信後は30分以上お待ちいただいてからご確認ください。

powered by Quick Homepage Maker 5.3
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional