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2018.03.04 エッセイ「自立に大切な一つは」 投稿者:本多隆治

自立に大切なことのひとつは、どのような状況になっても自立した状態を維持することです。何も問題がない時に自立していると感じていても、不測に事態が生じた時に自立した状態が維持できなくなるとしたら、それは本当に維持できているとは言えないかもしれません。一度崩れてしまった自立をもう一度いちから始めることになります。不測の事態が生じた時にも自立を維持するためには、備えをすることも怠ることはできません。
聖典の中で、自立を維持するための備えの良い模範を教えてくれるのは、アルマ書に登場する司令長官モロナイです。彼は誠実で勇気のある人でしたが、民を守るために常に備えをする人でした。彼はニーファイ人の町をレーマン人から守れるように、それぞれの町の周りに堅固な砦を築きました。アルマ書49章にはアモナイハの町を攻めてきたレーマン人のことが記されています。アモナイハの町攻めてきたレーマン人は、自分たちが想像していた以上に町の守りが固く、町を攻め落とすことをあきらめてしまいました。次に彼らは、ノアの町に向かいましたが、そこもアモナイハの町をしのぐほどの砦が築かれており、レーマン人は町を取ることはできませんでした。
私たちは、自立を維持していくためには、モロナイのようにどのような状況になってもそれが崩されないように、常に改善をし、自立の状態をさらに強いものにしていく必要があります。
マタイ書25章14~30章には、有名なタラントの話があります。ここで学ぶ教訓は、私たちの持っているタラントを地に隠すことなく、日々そのタラントを増やすために努力することです。努力をせずにタラントを地に隠して、タラントを増やすために努力をしたり、それを守るために備えることを怠っていると、不測の事態が生じた時に、たやすくタラントを失ってしまうかもしれません。
タラントを増やすためには時として犠牲が求められます。以前仕事でミクロネシアを訪れました。そこで地方部会長にお会いしましたが、彼は地元の市立病院の医師をしていました。彼は家族で神殿に行く計画をしていましたが、そのために自分の車を売却するように考えていました。彼にとって家族を連れて神殿に行くことは、どのような犠牲を払っても行うべきことでした。彼の神殿に対する態度は、私にとって良い模範となっています。神殿に参入する時にいつも彼のことを思い出します。
自立をした時、次に私たちに求められることは、助けの必要としている人を助けることです。自立することと人を助けることは切り離して行うことではありません。もし私たちが本当に自立したならば、自然と人を助ける、または助けたくなります。
リーハイは夢で命の木の実を食べました。その時に、その実がとてもおいしいので、他の人にも食べさせたいと思いました。同じように私たちは神殿で祝福を受けると、家族や他の人にも祝福を受けてもらいたいと感じます。
今、東京神殿が一時閉館していますが、私たちは引き続き神殿に心を向け、神殿に対して真の自立をするならば、どのような犠牲を払っても神殿に行くように努力することができるでしょう。そして自分だけではなく、他の人がそうできるように助けるようになるでしょう。
私たちは、自立の状態を維持し、それを喜びに変え、他の人を顧みる必要があります。
「しかし見よ、ニーファイ人は、この苦難のときに、すぐに主なる神を思い起こした。そのためにレーマン人のわなにかからなかった。」(アルマ55章31節)。私たちはいつも主に心を向け、いかなる時にもそれを保ち続けるならば、自分自身が自立の状態を維持し、そして他の人を助け、祝福を分かち合い、それを喜びに変えていくことができるでしょう。

  • 不測の事態とは気が付いたときにはすでに遅かった、という事が多くそこから前を向いて始めるので大変な苦労が強いられます。それに耐えられるように信仰の鍛錬をしていきたいと思いました。ご投稿ありがとうございました。 -- 岸野みさを 2018-03-05 (月) 11:04:45

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