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2014.08.26 自分史・家族史「戦艦『大和』副砲長のお話を聞いて」 投稿者:森のたぬき

戦艦 大和

戦艦「大和」副砲長のお話を聞いて            
 
 
森のたぬき(小学6年)

(第一回「大東亜戦争を語り継ぐ会」元帝国海軍少佐 深井俊之助氏 2014.7.27 靖国神社 主催:雑誌「正論」協力:靖国神社遊就館)

深井さんのお話には驚いてばかりでした。特に「南京大虐殺はなかった」ということについて、石原前都知事も「それはなかった」と言っていましたが、現場にいた人たちにしか真実味のある話はできないと思いました。

「海戦の中心は飛行機だった」と、現場にいた深井さんが悔しく思ったことを聞いて僕は戦艦ではなかったのだとびっくりしました。

日本軍は敵の逃げ道を作っておく、というお話も印象的でした。人食い人種がいるという小島に捕虜たちを輸送して、後で行ってみると誰一人いなかった。僕は食べられたのか?と思いましたが、捕虜たちは逃げてその島にはいなかったというお話です。どこへいったのか気になります。

今回の講演ではやはり「現場にいた人でなければ真実は語れない」ということを、改めて実感しました。

「大和ホテル」と呼んでいた戦艦の中のお話は楽しく聞きました。歯医者さんや床屋さんがあり、食事はホテルみたいといわれて驚きました。ラムネやアイスクリームの食べ放題はいいな、と思いました。

4時10分ぐらいの時にスタッフがステージの裾でさかんに終了の合図を送っていました。
3人の人たちが「今から大事な話なんだ」と抗議して、最後に「レイテ沖海戦謎の反転」のお話を聞くことが出来てとてもよかったです。

資料館に展示してあった日露戦争の時の本物の大きな旗をみて母は涙を浮かべていました。他の旗には寄せ書きがしてあり、また別の旗などには血がついていました。

深井さんはイケメンでりりしく立派です。
貴重な証言を聞かせて頂きまことにありがとうございます。
どうかいつまでもお元気で!
 
 
 

  • 森のたぬき君へ

    とてもいい経験でしたね。本を読んで学ぶことも大切ですが、このように実際に何かを経験した人のお話を聴くことも、とても大事なことだと思います。知識以上のことを学ぶいい経験でしたね。 -- 昼寝ネコ 2014-08-26 (火) 23:21:16
  • 森のたぬきさま
    戦艦大和の呼称は大和民族からの由来だそうですね。死亡率90%の大和の歴史の証人から直接聞いた証言はこれからを生きる君にとって大きな意味と価値を持つことでしょう。それこそが無念の内に散華して逝った英霊たちのかすかな祈り、かすかな希望に違いありません。 -- 岸野みさを 2014-08-27 (水) 07:13:04
  • 森のたぬき君
    「南京大虐殺はなかった」と生き証人からの証言を聞くことが出来て幸運でした。東京裁判ではその罪を着せられて廣田弘毅(ひろた こうき)第32代内閣総理大臣と松井石根(まつい いわね)陸軍大将が処刑されました。廣田総理は一切の弁明をせず、松井大将は親中国第一人者だった。
    1958年(昭和25年)10月15日マッカーサー元帥とトルーマン大統領がウエーキ島で会議した際にマッカーサーは「東京裁判は誤りだった」と告白しました。占領下の日本国内最高権力者として5年8か月統治していた彼の証言は逆転自虐史を学校で教え込まれてきた自分にとって衝撃でした。また1959年(昭和26年)5月3日米上院軍事外交合同委員会公聴会で行った証言では「日本が戦争に乗り出した大きな目的は自衛のためであった」。つまり
    教え込まれてきた「侵略戦争」ではなかったのです。このマッカーサーの証言は2012年の都立高校の資料として採用されました。 -- 一日本国民 2014-08-28 (木) 18:19:55
  • 戦争の証人から本物の話を聞けた君は幸運です
    ね。南京大虐殺や韓国人慰安婦などのでっち上げられた歴史に対して、日本は彼らに謝罪し、原爆を落としたアメリカに対しては戦後好的な交流してきました。日本は寛容と赦しの精神が強い国です。これからはそこに強さが求められています。しかし祭りでは1本200円のラムネが戦艦大和では飲み放題とは・・・。歴史を知るってスゴいですね! -- コニー 2014-08-29 (金) 04:42:58
  • 昼寝ネコ先生
    問題になっている従軍慰安婦の年齢から計算すると若すぎてウソっぽいと言われたことと
    ヘイトスピーチの意味を教えて頂きありがとうございました。 -- 森のたぬき 2014-08-30 (土) 16:45:14
  • 岸野みさを様
    僕も戦艦大和の名前は大和民族からとったのかなと思いました。本当にそうだったので嬉しいです。 -- 森のたぬき 2014-08-30 (土) 16:47:49
  • 一日本国民様
    ルーズベルト大統領は「在任中に戦争を始めない」という公約で大統領に当選したのにどういうことですか? -- 森のたぬき 2014-08-30 (土) 16:52:51
  • コニー様
    寛容と赦しの精神は武士道ですか?キリストの教えですか? -- 森のたぬき 2014-08-30 (土) 16:55:19
  • 森のたぬき君

    アメリカの外交機密文書が公開されたのは2012年であるから、最近になって初めて大東亜戦争の真実が白日の下に曝されたことになる。戦後、逆転自虐史で洗脳されてきた日本人には「時既に遅し」で歴史の真実を求める者だけが真実に辿りつけるのが現状だ。

    1941年アメリカはABCD(アメリカ、イギリス、中国、オランダ)包囲網により彼らの植民地である東アジアからの貿易制限を課し、11月26日には8か月に及ぶ日米交渉の挙句、突然ハル・ノートなるものが突き付けられた。それは重慶政府以外の満州国の権益放棄を要求するもので、日本に日清戦争以前に戻れというものだった。既に数百万の日本人が満州国で生活していたのである。

    このハル・ノートを書いたのは国務長官のコーデル・ハル本人ではなくてハリー・デクスター・ホワイト財務長官補佐だった。彼はコミンテルン(共産主義インターナショナル)の工作員で、当時アメリカ政府内には300人ものコミンテルンが在籍していたことが判明した。アメリカがソ連の暗号解読を1943年から37年かかって終了した1980年のことだ。冷戦が終わった1995年7月になって初めて公開され、アメリカ国民も知らなかった歴史の真実が露呈された。
    これはベノナ(VENONA)文書といわれている。

    またハル・ノートはルーズベルト大統領単独行動で誰にも知らされず、議会にも陸・海軍の長官にも知らされなかった。共和党党首ハミルトン・フィッシュの下記URLを掲載する。フィッシュは大統領選でルーズベルトに敗れた人物である。

    【恥ずべき最後通牒ハル・ノート】への批判ハミルトン・フィッシュ ...
    www.youtube.com/watch?v=XaDSy0J_YTQ

    アメリカが狙っていた満州帝国はソ連が占領、北鮮、樺太、千島も占領した。
    ソ連、アメリカ、イギリスのヤルタ秘密協定により、終戦後武装解除され投降した日本軍捕虜107万人が(一部女性や民間人を含む)ソ連によってシベリアに労働力として強制移送され、そのうち約34万人の日本人が死亡している。これはポツダム宣言に違反するもので1993年10月ロシアのエイツィン大統領が来日した際「非人間的な行為に対して謝罪の意を表する」と発表した。

    日本から満州国を剥奪しなければ今日の共産主義大国中華人民共和(1948年設立)はあるだろうか。マッカーサーの証言のように「共産主義を中国で強大にした」のが大東亜戦争の結末であり、略奪と搾取、貧困と飢餓、弾圧と虐殺、複合民族化、文盲放置の愚民化政策が常識だった欧米の東アジア植民地支配は解放された。日本は自国が戦争に敗れはしたものの、もう一つの戦争遂行目的である「人種的差別撤廃」を成し遂げた。この「人種平等」は第一次世界大戦休戦後1919年1月、ベルサイユ講和会議において賛成12:5にもかかわらずウッドロー・ウイルソン米大統領の議長権限により「全会一致ではない」という理由で否決された。彼の唱えていた進歩的自由主義は白人のみを対象にしていたわけで、1948年、人種の平等が国際社会の原則となるのは「世界人権宣言」からとなる。

    現在中国はチベット、ウイグル地区で「洗国」(センコク)という民族絶滅を意味する同化政策を推し進めている。しかもそれは「漢民族の文化を広めるため」だそうで、他民族との結婚により人類のDONAにまで入り込んでくる国策なのだ。

    今年の6月に出入国管理法改正案が可決・成立した。
    それは経営者、研究者、技術者などの「高度人材」は3年以上日本で暮らせば永住権が取得できるというもので、高度人材の8割から9割は中国人であり、現在70万人の中国人が
    日本に在住している。-- 一日本国民 2014-09-01 (月) 21:07:53
  • 一日本国民様
    教えて頂きありがとうございました。
    あれから僕は本棚にあったマンガで大東亜戦争の原因について読みました。そして以下のようなことを知りました。
    当時イギリスはドイツに負けそうになっていたのでチャーチル首相はアメリカの参戦を望んでいました。日本の大東亜共栄圏構想を食い止めたいと思っていたルーズベルトは満州の蒋介石を支援していました。そしてハル国務長官の書いたハル・ノートをチャーチル首相に知らせましたが、こんなものではダメだと反対されました。そこでルーズベルトはハリー・デクスター・ホワイトに書かせました。
    ルーズベルトはハル・ノートを受け取った日本が最初に軍事攻撃を仕掛ける事を予測していて戦争予告をしていました。
    戦争犯罪人は誰かと考えるとそれは東条英機ではないことが分かります。
    -- 森のたぬき 2014-09-15 (月) 12:36:41
  • 森のたぬき君
    世界の歴史の長い枠組みの中で大東亜戦争を捉えることは大切です。大東亜戦争という名称さえ太平洋戦争に変えられています。
    下記URLでまた勉強してください。
    マッカーサーの告白 日本は自衛戦争をしたのです。東京裁判は ...
    www.youtube.com/watch?v=pr7fFLAN6oQ -- 一日本国民 2014-09-16 (火) 22:28:46
  • 日本国民様

    いつも的確で貴重な視点からのご意見をくださり、有難うございます。私自身、参考にさせていただいています。 -- 昼寝ネコ 2014-09-16 (火) 22:37:02
  • 一日本国民様
    貴重なURLをありがとうございました。そして、マッカーサーにありがとうと言いたいです。日本の国と国民を理解し、大東亜戦争の真実の証言を僕たち後世に残してくれてありがとう。 -- 森のたぬき 2014-09-19 (金) 20:56:22
  • 森のたぬき君
    侵略戦争か自衛戦争かは未だに保守と反日日本人の間で論争されている。
    マッカーサーの「in going to war、was largely dictated by security」
    (安全保障の必要に迫られた戦争)を、「自衛のための戦争」と訳すのは「誤訳」だというのだ。国際法上の区分では自衛はself-defenceであってsecurityの言葉は使わないとか、3日間の聴聞会の長い証言の中のほんの一部を取り上げているとか、1951年5月3日のアメリカ上院軍事合同委員会は大東亜戦争の開戦原因を調べるために開催されたのではなく、朝鮮戦争の戦局、極東情勢について討論するためのもであったと主張している。「マッカーサーは資源確保が日本の開戦目的であったと分析しているだけのことだ」と主張している。
    「だけのことだ」と見ればその通りであって間違っているわけではない。しかし、
    マッカーサーが証言しているように「労働の尊厳が分かっている」勤勉な日本国民にとって「何も資源を持たない日本国家」が「資源確保」のために戦ったことこそが「安全保障の必要に迫られた戦争」であり、それを「自衛のための戦争」と言わず資源確保の為の「侵略aggression戦争」と断じたいのだろう。
    森のたぬき君
    若い世代の君たちが自国の過去の歴史を自分で調べて自分で学び、そこから見えてくる未来ビジョンを確立するならば、それはこれから先の時代の扉が開かれる大きな原動力となることを忘れないでくれ。
    「昭和天皇実録を読む」を産経新聞で連載しているが、天皇が最後まで戦争回避のために努めたことの詳述は7ページに及んでいる、という。

    -- 一日本国民 2014-09-27 (土) 13:51:11

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