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2016.04.17 自分史・家族史「「徒然日誌ー介護編(1)」 投稿者:すずらんの里

 今日も“介護”を苦にして家族に手をかけてしまった事件が報道された。“苦しい”、その人の所へ行って背中をそっとさすってあげたいという衝動に駆られる。命を絶ってしまった事を肯定しているつもりはないが、認知症という病に向き合うことになった多くの人が、その“苦しさ”に共感するのではないかと思う。
 
 “介護”は突然やってきても、覚悟をして取り組んでも想定外が必ずある。“介護”は家族がするのが一番良い。“介護”は自宅で過ごすことが一番良い。模範的な“介護”が机上で語られるたびに、家族の介護者は重荷を増される。感情という人間らしさが、人であることに苦しむ源になる。より良く“介護”しようと努力する人の重荷が一番重くなるのは本当に悲しくなる事実である。
 
 “介護”の時間の中にいる人の多くはただ“ほっとしたい”という理由で事を起こしてしまうことが多々あるのだ。3年余りの間に身内も含めて3人の“介護”に携わった。明るく、楽しく、辛く、苦しい日々だった。毎日記録をつけていたが、ある日それを全て捨て、記憶にとどめるだけにした。そして記憶が薄れることに安堵を覚えている。
 
 ただこの時間にも“介護”の重荷の中に居る人が何千人と居るのを思うと胸が苦しくなる。でも薄情な私は記憶が薄れていく時間の中に留まってただ祈る。誰が悪いわけでもないのに悪者が造られる。当たり前のことだからやって当然の事、病気の人のことを悪く言うことは×。でも事実は本当に壮絶。そんな生活から離れた私が“介護”を語るのはおこがましい。
 
 うまくできなかった事が山程ある。そしてそれは今も続いている。心のどこかに申し訳なさ、後ろめたさを感じながら生き続けなければならない。自分には本当に愛情があるのか分からなくなる。私の“介護”にまだ答えがない。でも一つだけ決意している事。それは同じ経験をしている友を孤独にだけはさせない。いつでも扉を開けているから、来たい時だけ来たらいいよ。しゃべりたい時だけしゃべりに来て!一人じゃないよ!
 
 介護から学んだ事。
もともとネガティブ思考の私は、一人で居ることが心地よい時間だった。静かに考え、本を読み、音楽の中で過ごす。気を使う事もなく、緊張に強ばることもなく、心穏やかで居られる。こんな自分本位の私だから“介護”と向き合う時に心持を変える事が難しかったと思う。良い嫁でありたいと思う気持ちが義母のギャップ、自分のギャップの中で苦しむ原因にもなったと思う。
 
 “介護”は音もなく静かに忍び込んできて、いつのまにか生活の主導権を完全にコントロールされてしまった。今思えば、あれが信号だった。あの時の対応をこうしたら良かったかも、と検証することはできるが戻る事はできない。色々模索しているうちに思いがけない程の変化が生活に現れてくる。
 
 いくつか学習した事。
 それぞれの立場はあると思うが、初期、早期に診断を受ける事、そして本人に分かるように説明する事(決して恥ずかしい事ではない!)さらに認知症は時間の差はあれ同じような進行をしていく事を受け入れて“介護”をする人を中心に介護計画を家族で立てる事、病状の進行よりも一歩先を見て対処を考える事。“介護”をする人を助けるシステムを用意しておく事。これはとにかく役に立った!私。

 

  • さずらんの里さま
    未経験な者には想像できないご苦労をして居られることを推察致します。「記憶が薄れることに安堵を覚える」のに、こうして誰かのお役に立てようとご投稿して頂きありがとうございます。最期まで人の尊厳を守ろうとする介護者の皆さまに頭が下がります。でもちょっと休憩、もうちょっと休憩をして、エネルギーの補給に努めて下さい。多忙な明日を迎えるにはその前にぐっすりと睡眠を取る必要があるように…。 -- パシリーヌ 2016-04-17 (日) 21:25:27
  • 「君子 ごはんまだかぁ」「お父さんさっき食べたでしょ」まだ認知症が広く知られていない時代でした。介護、という言葉もあまり聞かなかったような気がします。いま思い起こせば、このころからからだの不具合が出てきた肥満体の父の世話を、母はたいへんだっただろう、と思います。1980年父は亡くなりました。享年67歳。すずらんの里さんの投稿で亡き父母を思い返すことができました。続編期待しています。 -- 世界一難しい介護 2016-04-18 (月) 10:49:21
  • 仕事柄個人宅に訪問する機会があり、そんな時奥さんを介護するご主人と世間話をする機会があります。脳梗塞の末車イスになった奥さんにやさしく話しかけるご主人の愛情に心打たれます。しかしご苦労も端々に見受けられます。大変そうなんて言葉では表せない凄まじさすら感じます。食事、風呂、着替え、トイレ全ての世話しているとの事。エンドレスな介護。私が訪問する度、マシンガンのように私に色々な話をしてくるご主人のお茶に付き合いひたすらお話を聞いています。僕にできるせめてもの心遣いのつもりです。 -- コニー 2016-04-18 (月) 22:25:00

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