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2016.07.25 自分史・家族史「夫のシャツにアイロンをかける幸せ」 投稿者:岸野みさを

2009年3月1日 松尾秀隆ビショップの証より

 「姉妹が沖縄に帰って父の介護に携わり6か月が過ぎました。結婚以来こんなに長い期間離れて暮らすのは初めてでした。姉妹の腰が痛むようになって、訪れた私は『何も助けられなくてごめん』と言うことしかできませんでした。

その日は那覇ステークのステーク大会で、義姉の計らいで私達は久しぶりに2人で教会に行く準備をしていました。姉妹はバッグの中にクチャクチャに詰め込んであった私のシャツとズボンにアイロンをかけはじめ、そして私の方を見ながら『夫のシャツにアイロンをかける幸せ』としみじみと言いました。結婚以来続けていたアイロンをかけるという日常が、父の介護で中断され、再びアイロンを手にしたとき、その日常がどんなに幸せだったか気が付いたのです」

 筆者は松尾ふみえ姉妹の、その時の介護の記録が2012年度版「家族エッセイ推奨作品集」に掲載されているのを思いだし、抜粋して皆さまと共に分かち合いたいと思いました。

「父との最期」松尾ふみえ
~(前半は割愛させて頂きました)
父は87歳。働いている間は健康でしたが、10年前に腹部に人工血管を入れる手術と肺がんの手術を同時に受けました。医師は「30年は長生き出来ます」と太鼓判を押してくれましたが、2年前に肺がんが再発。しかし、高齢と、他にも病をいくつか患っていたので本人はもう積極的な治療を望みませんでした。
この年、父は6月に肺炎で入院、8月にヘルニアの手術を受け、私はその度に東京から実家のある沖縄に看病の為戻ったのです。
私にとって大好きな父を看病することは、自分が役に立っていると感じうれしいことでもあり、又、皆が「ふみえちゃんが看病するとお父さんが元気になる」と言われると少なからず喜びを感じていました。
 父が退院して、私は帰京しましたが、2週間後、父は、又、病院のベッドの上にいました。けれども今回は、今までと違い私の心はなぜか「不安」でいっぱいでした。それが、父を看取るまでの7カ月の始まりだったのです。

 父はそのとき、体の3分の1の血液を失い数週間のうちに体重は10kg近く減少。肺に水が溜まり、呼吸ができなくなる為、それを抜く治療が何回も施されましたが、最後には、背中に穴を開け、肋骨から肺に直径1㎝、長さ1.5m程の管を通し水の溜まる部分を癒着させるという治療をしました。それは、本人にとっても、側にいる私達家族にとっても、とてもつらく大変なものでした。父はあまりの痛みと、管のせいで横になって寝ることも出来ず、ベッドの上で座ったままでした。枕やクッションで体を支えても「息ができない」とすぐに体を動かすことを望みました。
 抱きあげ、ひっぱり、支え、立たせ、足をもみ、少しでも痛みが軽くなるよう願いながら、姉と2人、昼夜交替で看病しました。
 父は体を刺し貫く刺激とモルヒネの副作用の為眠れず、昼も夜も1日中起きている状態が続き、虫が回りに沢山いる幻覚や耳なりに「もう死なせてほしい」と何度も医師や看護師に訴えたのです。

 病状は日によって違い、いつものやさしい父の時は私達や看護師とも楽しく沢山話しました。自分の子供の頃の事、歴史、漢詩を朗読し、私達にその意味を説き聞かせ、人生がいかに短いかを教えてくれました。
 しかし、病状が悪くなると、そこに誰がいるのかも分からなかったり、幻覚を見たり、私の看護の不手際を大声で怒鳴る私の知らない父になりました。そんな時は、私も涙で大声になり、そんなことが何度も何度も続くと、「もうだめだ、東京に帰ろう、帰りたい、いつもの生活に戻りたい」と泣いていました。

 しかし、私は今、悟りました。父も悲しかったのです。そして自分によって傷つけられるのを恐れて黙っている娘を、その大人げない娘の怒りを、死の間際にあっても、小さくなったその体と精一杯の広い心と愛で受け止めてくれたのです。

 愛すること、許す事、忍耐する事、感謝する事、自分の看護を通して、人生の最後に最も私に教えたかったことを父は学ばせたのです。言葉ではないイエス・キリストの贖いにも似た経験です。それは今、父がくれた、私の心の財産です。
 父は、死を通して、私に神の幸福の計画の心の備えをさせてくれました。私は今生きている。死後も続く長い人生の一瞬に自分がこの家族と存在し、それがどんなに素晴らしいことなのか。それを今、私は父を通して知ったのです。家族とは、神が私達にくださり、思いを託した「霊、魂の成長の場」なのです。
 
3月6日、少し成長した私の手の中で、父は天に帰っていきました。

  • 松尾ふみえさま
    最後の一息まで肉体と霊の苦痛に耐えた父上と、それを介護した娘の壮絶さを知り絶句しました。父上は幕を通過すると、天使たちの大合唱に迎えられたことでしょう。親は実に偉大でありがたく、その親を越えることなどできないと、思っています。 -- 岸野みさを 2016-07-26 (火) 07:09:10

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