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2016.07.26 自分史・家族史「それだけ!?」 投稿者:本多仁愛

 伝道に出ようと決めた翌々日、雨が降っていたので、母に学校へ行くために駅まで車で送ってもらった。なかなか伝道に出ることを言うタイミングがなくて、その車の中で母に伝えた。
「伝道に行こうと思うんだけど」
「そう、いつから?」
「来年の6月くらいかな」
「学校はどうするの?」
「辞める」
「そう、いつ?」
「後期末、3月だから」
「そう、自分でお父さんにちゃんと話しなさいネ」
「うん」
車を降り、電車に向った。(えっ~こんなに、あっさり?!)私にはあまり関心がないんだと思った。そして何か淋しさを感じた。“せっかく伝道を決心したのに”

 それから色々なことが急展開していった。1月の授業で出席を停止して、アルバイトを2つかけもちして、伝道資金を準備することにした。とにかく、忙しく日々を過ごした。行こうと思えばすぐに行くことができたインスティチュートに通い始めた。毎日通っていた学校はインステハウスの1ブロック渋谷駅寄りだった。

 父も母もいつもと変わらず私が伝道に出ることをすごく喜んでいるようには見えなかった。“やっぱり関心がないのかなー”。
 でも召しを受けて宣教師として働こうとしている今、両親にはとても感謝している。もし、あの時色々なことを沢山言われていたら“やっぱり無理、宣教師にはなれない”と思っていたと思う。言葉少なく、認めて、支えてくれる方法が私には一番良い方法だったと、今心から感謝している。

 私は今でも不器用で愛情表現が下手だけれど、家族にはとても感謝している。不安はあるけれど自分の持っている全てを使って福音を知らない人々に分かち合いたいと思う。

 神様が確かにいきていることを証します。

  • 昔のユタから来た宣教師たちの出陣式(?)は横断幕が貼られパーティーが開かれ、盛大なもので、帰還したときも同じように迎えられたと聞きました。日本では横断幕は聞いたことがありませんが、聖餐会で一族が段の上に座り次々と送る言葉を述べたりしました。ある時期から、それは廃止され、伝道に出る若人に対し「あっ、そう」となりました。つまり、伝道に出ることが特別なことではなく、当たり前の日常になったのです。人々の日常にみ言葉を携えていくわけですから、人々の日常に役立つ小さなことから始めましょう。人々の喜ぶ顔を見て仁愛姉妹も小さな頃からのニッコリ笑顔になることでしょう。
    -- 岸野みさを 2016-07-26 (火) 20:54:01

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