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2017.01.27 自分史・家族史「主は私たちの弱さを強さに変えて下さる」 投稿者:高塚正和 町田ステーク高等評議員

(1月15日高尾ワード聖餐会のお話より)

私は今ボーイスカウト第18団の団委員長をしています。アウトドア嫌いだった私に、「キャンプ場で出前を取る事だけはしないで!」と妻に言われたほどの私が、です。

 高校生の時に兄が最初に宣教師を我が家に連れてきました。心配した母が以前お世話になったプロテスタントの牧師さんに相談すると、「モルモンは立派な教会です!」と答えて下さり母は安心して、兄はバプテスマを受けました。妹も教会に行き初めて、それでも(松下姉妹もご存知ですが)ガンと反対の立場をとり続けていた私は一日中喫茶店で本を読んでいたインドア人間でした。小学校の時先生から「おしゃべりのちょこまか」と言われてからというもの、自分の思ったことの半分も人前で話すことが出来なくなりました。内向的な私は、佐賀県で生まれた素朴な父と東京出身の進歩的な母の間に生まれたのですが、母の影響で音楽がとても好きになりました。大指揮者のカラヤンが日本に最初に来日した時にサインをしてもらった話を今でもする母ですから・・・

 先ほど美優ちゃんのお話にあったように聖霊から導きを受けられることは本当です。
まだ私がたばこやお酒に溺れていたころ、兄がYSAの2泊3日のサマカンに連れて行ってくれました。教会の教えに惹かれていましたが、戒めを守る事など私には絶対できないと、自分がバプテスマを受けるなど想像だにしませんでした。ただその前に宣教師からキリストの絵をみせてもらっていましたが、初めて見た絵ではないと思いました。その訳は後程お話します。
 サマカンでの最後の証会の時に、ある姉妹から「感じたことを話してくれますか?」と書いたメモが廻ってきました。人前で話すことができなかった私ですが、その時に聖霊の助けで皆の前に立つことができたのです。そして話始めると『この教会は真実だ!』とハッキリと感じたのです。その時証会に出なければおそらく改宗していなかったでしょう。私はメモを廻してくれた姉妹に永遠に感謝し続けるでしょう。
 
 高尾ワードの近くに八木重吉の生家があります。若い頃入院していた私は八木重吉の詩集を読み漁りました。「イエスの信仰を通して出た言葉を人に伝えたらいい、それが詩であろう」(遺稿ノートA引用)という文章が好きでした。追記・・八木重吉の詩集をくれたのは、サブストローム姉妹が求道者の時にレッスンした宣教師の山田好美姉妹です!
 
 高尾ワードの今年のテーマである「主に近づき、イエス・キリストに真に従う者となる」は素晴らしいテーマです。私は自分の弱さに圧倒されることがしばしばあります。それでもなお、イエスさまが私の弱さのためにも犠牲をはらって下さることを知っているからです。

最近聖霊の影響により御霊を皆が感じた瞬間を経験しました。綾音姉妹を中心にユースカンファレンスの臨時委員会でそれぞれがサブテーマを持ち寄りました。A案とB案に別れましたが、評議と聖霊を通した御霊の助けにより、彼女たちはそこからC案を導き出したのです。その過程をつぶさに見ていた私は驚嘆しました。年を重ねると知識は豊かになるのですが、頑なにもなるのです。

1970年暑い夏、小学生だった私が大阪万博に行ったとき、比較的混んでいないパビリオンで沢山のパンフレットをもらってきました。それを机の中にずっとしまっていました。バプテスマを受けた後、偶然机の中を覗くとその中に白い像のキリストが両手を広げて「わたしのもとへ来なさい」という絵がありました。私は導かれていたのです。宣教師にキリストの絵を見せてもらったとき、初めて見た絵ではない、と感じたのはその絵を覚えていたからです。

妻から「あなたの選択で正しかったのはバプテスマを受けたことと、私と結婚したことだけで後は全部間違っている(笑)」と言われてその通りだと思いました。沢山の恥をかきつづけましが、アブラハムの書3:27にある天上の大会議でエローヒムが「誰を遣わそうか?」と言ったとき「私を遣わしてください」とエホバが答えました。この地上に生まれた何十億人の誰一人なしえない人類の救いの為に「私を遣わしてください」と即答されました。これは私のテーマとなりました。主は私の弱さを強さに変えて下さったのです。

アウトドアにより自然と触れ合う機会が多くなりましたが、ドストエフスキーの長編「悪霊」の場面を思い出します。義の為に生きているキリーロフとニヒリストでサタンのようなスタヴローギンの対決です。キリーロフは木漏れ日の美しさについてスタヴローギンに話しますが、彼は「それがいったい何の意味があると言うのか?」と反論します。また、キリーロフが「全ては赦される!」とつぶやきます。すかさずスタヴローギンは「あの子供を殺しても、あの女性を恥辱しても、か?」と聞くと、それでも「赦される。但し本当に赦されると知っている人間はそのような行為はしないだろう」とキリーロフは答えます。すべてが赦されるなら何をやってもいいのか、またどんな犯罪を犯しても赦されるのかと考える人がいるかもしれません。私が申し上げたいのはキリーロフの言葉はキリストの側に立っているということです。この地上に生を受けた唯一完全なお方であり、誰一人耐えることのできないすべての苦しみを、すべての人々への愛ゆえに耐えられた主の贖いが、この弱い私のためにも及んでいることを知っているので、自らを変えていく勇気が生まれ「イエス・キリストに真に従う者」を目指すのです。

改宗した時からタナー長老(N・エルドン・タナー)のお話が私の支えになっています。神と普通の人との会話で表現されています。神は言われる「あなたがたの仕事は全世界を良くすること。」私は答えます。「神よ、世界はかくも乱れています。私の力は弱く私にできることなど何一つ無いのです!」と。するとその時、神はその智恵をもって答えられる。「より良い自分を築きなさい。ただそれだけでよいのです」

改宗して30数年経ちますが、私は福音を盲目的に信じてきたのではありません。なぜなら私には自由意志があって、主に従うことを決心したのは私自身だからです。イエス・キリストは救い主贖い主であることを証します。イエス・キリストの御名によりアーメン。
 

  • 高塚正和兄弟
    改宗への道のりで八木重吉に出会い、ドストエフスキーに出会ったことによってイエス・キリストの福音への理解力が深まったと感じました。分かち合って頂きありがとうございました。 -- 岸野みさを 2017-01-27 (金) 21:56:14

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