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2017.06.04 自分史・家族史「祝 穀粒4周年記念―来たれ、主のすべての祝福の泉」 投稿者:武井 耕一

ワード大会の中間曲として聖歌隊が歌った「Come Thou Fount of Every Blessing (直訳すると、「来たれ、主のすべての祝福の泉」)」は、主をたたえ、その恵みを思い起こし、弱さを克服してみもとに戻る助けを懇願する歌です。「Here's my heart, O take and seal it; Seal it for Thy courts above.」という最後のフレーズには熱烈な祈りが込められています。聖典に見られる熱烈な祈りには、ハンナのように「心を注ぎ出し」(サムエル記上1章15節)、エノスのように「叫び​求め」(エノス書1章4節)、エレミヤのように「一心に尋ね求め」(エレミヤ29章13節)、ダニエルのように「断食をなし、・・・願い求める」(ダニエル9章3節)ことが伴います。

契約の箱を奪われ、ぺリシテ人に攻め入られる窮地においてサムエルはイスラエルのために「主に叫んだ」(サムエル記上7章9節)ので、主はこれに答えられました。「サムエルは一つの石をとってミヅパとエシャナの間にすえ、「主は今に至るまでわれわれを助けられた」と言って、その名をエベネゼルと名づけた。・・・サムエルの一生の間、主の手がペリシテびとを防いだ。ペリシテびとがイスラエルから取った町々は、エクロンからガテまで、イスラエルにかえり、イスラエルはその周囲の地をもペリシテびとの手から取りかえした。またイスラエルとアモリびととの間には平和があった。」(サムエル記上7章12節-14節)

私たちの心は、ちょっとした出来事で喜び、悲しみ、希望、落胆、寛容、怒りの間を彷徨います。心が弱って、道を外れることがないように、主の恵みを思い起こし、熱心に祈ることが大切です。与えられた一日の全ての活動を聖別し、私たちの益としてくださるよう熱心に祈るならば、希望と平安を保つことができます。

  • 民族と国家が永続するのは預言者たちや義人の祈りが天に届いているからなのですね。大管長会が毎週木曜日にソルトレーク神殿の3階の祭壇の周りに集まって、日本と韓国の教会員のために、特別な祈りを捧げておられることや、天皇陛下が陽も昇らないうちから毎朝国民の安寧と五穀豊穣のために祈り、古代から続いている祭祀を行っておられることを思うと、おっしゃる通りに私も、もっと熱心に祈らなければならないことが解ります。ありがとうございました。 -- 岸野みさを 2017-06-07 (水) 05:28:56

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