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2017.07.03 穀粒記者レポート・『1924年伝道部閉鎖の真の理由』投稿者:沼野治郎

 国際通貨基金(IMF)の独立政策評価室で審議役を務める高木信二兄弟が昨年、The Trek East (「東洋への旅路」)を出版しました(英文)。大阪大学経済学名誉教授の彼は、1996年「日本末日聖徒史」を共著で著しています。578頁というぶ厚い本です。その中に一つ注目したことがありましたので、紹介したいと思います。

 それは伝道部が1924年に閉鎖された理由として、従来、言語、文化・習慣の相違、関東大震災など諸般の事情があげられてきましたが、主要な理由は著しい伝道成果の欠如であったことを確認していることです。2010年R.L.ニールソン*が書いていた指摘を確認し、これまで言われてきた「高まる反米感情」が主たる理由であったというのは、宣教師引き揚げを正当化する解釈で「通説」(myth)である、と見ています(Takagi, p. 243)。(*Reid L. Neilson, “Early Mormon Missionary Activities in Japan.” University of Utah Press)

 反米感情云々は排日移民法案が1913, 1920年の排日土地法をへて、1924年7月1日に実施されることで、確かに高木富五郎が回顧するように「日米関係が政治的に円満を欠くように」なっていました(聖徒の道1958年11月)。大枠ではそう見ることができます。しかし、伝道部閉鎖の直接の原因は改宗者の数も定着率も非常に振るわなかったことにありました(1924年5月総大会H.J.グラント説教)。「米人排斥」と書かれた張り紙が伝道本部に貼られたのは、大管長会の閉鎖決定後3週間がたった6月28日のことでした。また、20世紀初めの四半世紀は大正デモクラシーの時代・国際主義の時代でキリスト教が伸びていた時期であることにも留意すべきであると思います(この点は古屋安雄「日本伝道論」1995年)。

高木信二著The Trek East は行き届いた学術的記述で日本の、またアメリカの教会員にとっても貴重な文献であると言えます。

  • 貴重なご投稿をありがとうございました。「日本末日聖徒史」はザット目を通しました。
    日米関係の悪化は分かるのですが、詳細まで分かりませんでした。後世の著者がまとめられる場合、事実誤認や様々な主張や偏向はやむを得ないこと、と差し引いて判断するようにしています。 -- 岸野みさを 2017-07-05 (水) 09:22:32

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