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2017.07.11 自分史・家族史「馬車の後ろに馬を繋ぐ」 投稿者:大谷宏三

(7月9日高尾ワード聖餐会のお話から抜粋しました)

 昨日渋谷インスティテュートの聖歌隊「リトルウイットネシーズ」のコンサートに娘がその年代になったこともあり一緒に行ってきました。YSAの一人一人が笑顔で歌い、手話で歌い、それぞれが自分に出来ることを見出して歌っている姿を見てとても感動しました。その演目の途中でアイリング管長の映像が流れて「喜びが訪れるのは自分の幸せよりも相手を優先したときである」という内容のメッセージが流れ、深い感銘を受けました。

 私は海外TV番組の推理物が好きですが、「馬車の後ろに馬を繋ぐ」という格言が題材となるあるエピソードがありました。この格言は“間違った順序で物事を行う”という意味で、順番が逆であることが謎を解く鍵となるお話しでした。

 ルカ5章に漁師ペテロがイエスに言われて沖へ漕ぎだし網を下した場面があります。
「先生、わたしたちは夜通し働きましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから、網をおろしてみましょう」すると「おびただしい魚の群れがはいって、網が破れそうになった」

 ペテロは漁師のプロフェッショナルで、その場所は夜通し働いても魚が取れなかったところです。しかしペテロは言いました。「お言葉ですから」と。イエスは最小限の言葉で「沖へ漕ぎだし、網を降ろして漁をしてみなさい」とだけ言って、ペテロが自主的に信仰を現わすようにしたのです。ペテロは信仰を表した後に祝福が与えられるという模範を示したのです。

 キンボール大管長は物事の順序について次のように警告されました。「『信仰のうちにわたしたちは種をまき,やがて花が咲くという奇跡を目にします。人はしばしば誤解して,この過程を逆転させています。』大管長の説明は続きます。『多くの人は健康の法則を守らずに,健康と活力を,什分の一を納めずに繁栄を求めます。また,主に近くありたいと思いながら,断食と祈りをしたいとは思いません。安息日を聖なる日として守らず,また主のほかの戒めを守らずに,然るべき季節に雨を,国の平和を求めています。』」(『

歴代大管長の教え―スペンサー・W・キンボール』142 参照)

 ステーク大会に向けて私たちは家族歴史に取り組むことについてチャレンジを受けています。自分も含めた4代先までの先祖についてファミリーサーチに登録することを目標としています。両親や祖父母が既に系図を調べている青少年も、自分と先祖をファミリーサーチ上で“繋ぐ”という作業が必要になります。このことも含めて、先祖に心を向けて、具体的な取り組みを行う時に、主は預言者を通して多くの祝福を約束して下さっています。「加えて,家族歴史探求や神殿の業を行うために時間をささげることで,救いの計画に対する証が深められたことに気づく青少年が多くいます。青少年の生活において御霊の影響力が増し加えられ,サタンの影響は弱められるのです。自分の家族,そして主イエス・キリストをより近く感じられるようにもなります。また,この業は死者だけでなく,わたしたちすべてを救うものだということを,青少年たちは理解しました(教義と聖約128:18 参照)。」(ヘンリー・B・アイリング「神の家族の集合」『リアホナ』 2017 年5月号,19 参照)これらの約束は、実際に家族歴史に取り組んだ後に成就する祝福です。

私たちが喜びを求める時、まず主の教えを実践するために一歩を踏み出すことが先で、その後祝福が訪れます。主は確かに生きてらっしゃいます。私たちが信仰を表すときに必ず祝福と喜びを与えて下さることを証します。

  • 「馬車の後ろに馬を繋ぐ」一見そんなことはしていないと思っているのに、予言者に指摘されると、あぁ!ご投稿ありがとうございました。 -- 岸野みさを 2017-07-12 (水) 10:41:05

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