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18082001沼野 治郎

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2018.08.20 エッセイ「日本の「末日聖徒人物誌」執筆途中報告と感想」 投稿者:沼野 治郎

人物誌の構想を具体化しようと2017年春頃書き始めて、1年半くらいになろうとしています。現在、500名強のプロフィールを書き終えて、仕上げの段階に入りたいと思っています。(伝道略史、役職経験者のリストなどを含む)。
 聖徒の道やリアホナ、各地のステークが出した記念誌から、日本の教会を築き上げてきた人物を抽出して「あいうえお順」に記載しています(日本人に焦点)。1901年に伝道が開始されて間もなく120年になろうとしています。私はその半分の60年を会員として生きてきて、ぜひ仕上げたい、それは日本の教会史の記録にもなると思っています。
 大勢の方々が投稿した証や報告などを読んで、毎日感動を覚えています。傑出した人物や厳しい試しの後に堅固な信仰を得た先達、また私と同時代の方たちの苦労とみわざへの真摯な貢献を読んで、あるいは敬服しあるいは心を痛め、また励まされる日々を送っています。
 ただ、ある類型のようなものも見えてきます。それは、初め恵まれずむしろ劣悪な状況から福音を知って、信仰のうちに事業や人生が開花し、社会的・経済的に成功を収めると、教会から離反していく人たちがいるということです。信仰の著しい経験をした後、数十年たって、最近はそういった方たちの名が聞こえてこないのです。あるいは、教会とのつながりが薄らいで、周縁に静かにしているか、また信仰の共同体から姿を消していくのです。モルモン書の警告がここ日本で現代現実となっていると言えるでしょう。
 そういった場合、一時期であっても人々が魂の救いを得、生きる力を得たとすれば、末日聖徒イエス・キリスト教会が人びとに心の救済をもたらしていたと見ることができないでしょうか。消極的な見方でお叱りを受けるかもしれませんが。
 なお、この本の出版は一二年内に日の目を見るようにしたいと鋭意努めています。

  • 沼野兄弟、素晴らしいお考えですね。実はわたしもそのことを考えておりました。と言いますのも、我々日本人は自分の国の歴史をほとんど近代のことしか知りませんね。と同じように日本の末日聖徒の日本史について全くと言っていいほど知りません。1901年にグラント使徒以下3人が日本に派遣され日本に伝道が開始されその時の本当の苦労とか、1924年にはついに排斥運動が起こり日本伝道部は閉鎖され、1945年の第二次世界大戦終了まで日本では伝道本部はなく、宣教師もなく本当に暗黒の時代でした。しかし、その暗黒の時代において日本の聖徒たちの何人かの兄弟姉妹は、しっかりとその信仰を保ち続けていたこの事実もあります。この暗黒の時代に聖徒たちがどのように日本での信仰生活を守ってきたかを知ることも、大きなこれからの日本の末日聖徒にとって力となるはずです。現在の我々日本の聖徒たちは、過去の日本の末日聖徒たちの熱心な信仰の上に築かれていることを我々はもっと自覚なければならないでしょう。その上でさらにこれからの未来に向かって信仰を見直す必要があろうかと思います。沼野兄弟是非出版されてください。期待しております。 -- 工藤駿一 2018-08-22 (水) 09:42:56
  • 工藤兄弟、暖かく、熱のこもったコメントに感謝いたします。励まされます。
    私が今取り組んでいます人物誌は各個人について5-8行くらいの短い記載で、時間軸で追っていませんので、兄弟が書かれたような期待に直接的には添えないかと思います。
     教会初期のことや閉鎖期の状況は、改めて日本語でまとめる価値があります。英文では高木信二兄弟の The Trek East (2016)が大変詳しく記しています。(彼の「日本末日聖徒史」もよく書かれています。) -- 沼野治郎 2018-08-23 (木) 10:25:12
  • 「日本の教会史の記録」楽しみにしています。各個人の証や人物に特化したものは貴重な記録だと思います。 -- 岸野みさを 2018-08-23 (木) 10:30:47

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