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20020801加藤 和夫

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2020.02.08 評論・研究論文「詩で蘇る方言の魅力と資料的価値」投稿者:加藤 和夫

『咲うていくまいか』新・北陸現代詩人シリーズ
徳沢愛子金沢方言詩集II(能登印刷出版部 二〇一九年七月発行)

 徳沢氏の方言詩集は、『金沢方言詩 ほんならおゆるっしゅ』(一九九二年)、『金沢方言第二詩集 いちくれどき』(一九九三年)、『新・北陸現代詩人シリーズ 徳沢愛子方言詩集 もってくれかいてくれ』(二〇一四年) に次いで本書が四冊目、ほかに、数編の方言詩も収めた『金沢ことばあそび歌とエッセイ 花いちもんめ』(一九九八年)もあるので、それも加えると五冊目になる。

 本書には、過去に発表された作品に手を加えたものも含め、七五編の方言詩が収められる。本書の「あとがき」で「自分としては、金沢の消えていこうとしている方言を、詩の形で残すことにささやかな使命感もあったりして」と本書出版の経緯を記し、「方言を使って詩を書いていると、徹頭徹尾金沢人の私は水を得た魚になる」とも書いて、自身の詩作を老人の独り遊びの玩具に喩えている。金沢方言詩の第一人者としての徳沢ワールドは、まさに本書で円熟の域に達した感がある。

 氏が金沢の方言にこだわって方言詩を書くようになったのは、平成の時代が近づく一九八〇年代と聞く。その時期は、明治時代後半からの標準語教育のために撲滅・矯正の対象とされた方言が、戦後も四〇年ほどが経って漸く見直され始めた時期と重なる。当時は、テレビの普及によって方言が衰退に向かい始めたことへの危機感なども手伝って、全国的に方言の見直しが進み始めた。やなせ・たかし編集の『月刊詩とメルヘン』(サンリオ) に「星屑ひろい」という方言詩シリーズが掲載され始めるなど、全国的に方言詩が注目され始めた時期でもあった。

 日本語学・方言学が専門の評者には、本書の文学的価値を語ることは難しいが、共通語では表しきれない作者の思いが自身の生活語=方言で表現された方言詩から伝わる迫力のようなものに改めて魅了される。

 ところで、方言詩は方言研究者にとって、貴重な方言資料ともなり得る場合がある。本書に収められた方言詩に登場する金沢方言の中には、「がんこ」「こそがす」「がっぱになる」のように現在も使われるものもあるが、今や衰退の激しい方言語彙や表現も多く、「立っとりまさる( 敬語助動詞命令形「~まっし」の基本形)」「ももつけない( かわいそう)」「そしたがさいな(そうすると)」「よすけ(あらぬ方)」「はちこる(大きな態度をする)」「はんちゃぼ(中途半端)」「おいそ(遠く)」「あぐちかく(胡座をかく)」「よなが( 夕食)」「しんがい銭( へそくり)など、死語化しつつある金沢方言の生きて使われていた様を確認することができる。

 具体的な方言として、「形容詞の副詞化接尾辞~ラト」に注目したい。形容詞の副詞化接尾辞~ラトとは、北陸地方では石川・富山両県でのみ見られる特徴で、例えば形容詩「高い」「はばしい(羽振りがいい)」に~ラトを付けて「高うらと」「はばしいらと」で「高く」「しっかりと」の意味で副詞的に用いるようなものを指す。この類を本書に探していて面白い例に気づいた。「赤いアドバルーン」という詩の最終行の「春風にのんびらぁと」である。~ラトは前述の通り形容詞に後接するのが原則だが、この例からは、「のんびり」のような副詞に接続する場合のあることが分かる。本書にも登場する「いんぎらあと」「おんぼらあと」の成立過程について、今は使われていない、一九〇九年発行の木村尚編『普通語對照 金澤方言集』などに載る「いんぎりと」「おんぼりと」に~ラトが付いたものと評者は考えていたが、「いんぎり」「おんぼり」が形容詞でないことが気になっていた。しかし、「のんびらぁと」のように副詞につく~ラトがあることは新しい発見だった。

 なお、方言詩の課題とも言える、他所の人に方言詩の意味を理解してもらう工夫について、『ほんならおゆるっしゅ』では註記が無かったが、『いちくれどき』では脚註を付け、『もってくれかいてくれ』と本書では方言の右に( )で共通語訳を付す形へと変化してきている。「春一番」という詩の冒頭では「樹がおおど(おおげさ)に声あげる。枯草ががんこ(ものすごく)にしなる」のようになっている。

 徳沢氏は前作『もってくれかいてくれ』の「あとがき」で、「方言の横に(註)をつけることがよいことかどうか迷いながら、やっぱり金沢の若人たちにわかってもらいたいとの思いから、註をつけることにした。」と書いているが、評者は方言詩には本書のような註記(共通語訳)はあるべきと考えている。

 今、私の手許には我が国の方言詩集の嚆矢ともされる高木恭造氏の津軽方言詩集『まるめろ』(一九三一年)の津軽書房版(一九七三年)があるが、それには作者朗読のソノシートが付いている。徳沢氏も『いちくれどき』の「あとがき」の中で「方言詩の本来の楽しみかたは、朗読に尽きると感じてる」と書いているように、方言の魅力は文字では表現しきれない音の世界にこそあると言ってよいだろう。本書のタイトル「咲うていくまいか」のように、徳沢氏には、今後も笑い楽しみながら、お元気で詩作を続けていただくとともに、これまでの金沢方言詩の中からお気に入りのものを集めて、ご自身の朗読入りCD 付きで一冊編んでいただくことで、方言詩の魅力を一層伝えていただければと思う。 (金沢大学教授)


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