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2021.07.03 評論・研究論文「グレコの瞳」 投稿者:米村 晋

 2020年9月23日、フランスのシャンソン歌手・ジュリエット・グレコが逝った。亨年93歳である。

 第2次大戦下のパリ、まだ幼いグレコは母と姉との3人でレジスタンス活勣をしていて、ナチスに捕らわれ収容所に送られた。この体験が彼女のバックボーンとなり、終生、権力への低抗という確たる思想を育む。

戦後、彼女は七―ヌ河畔の「カフエーフロール」専属のシヤンソン歌手として人気をはくした。カフエには、サルトル、カミュなどの哲学者や作家、芸術家たちが集まり、さながら文芸サロンとなった。

 「実存主義」や「女性復権」という新思想のシンボルとしてサロンの女王と呼ばれる。同時期に女優の才能を発揮して、著名な映画監督に認められ映画界にも進出する。彼女のために、多くの詩人たちが歌詞をよせ音楽家が曲を捧げ、持ち歌は六百曲に及ぶ。

代表歌である「枯葉」や「パリの空の下」はスタンダード・ナンバーとして今も世界中で愛唱されている。
彼女は、フランスの普通のシャンソン歌手とは異なり、華麗で技巧的な唱法(アールーヌーボー式)ではなく、リアルで力強く歌った(アールーデコ式)

 ステージに立つ衣装も、装飾の少ない黒いドレスで肩も胸も腕さえみせない。黒い緞帳を背に立てば、ステージには彼女の顔と両掌だけが白く浮き出る。すっきりと背筋を延ばし、すこし仰向いた顔だけが動く。しかし、時がくれば、腕を自在に振り、白い指先が蝶のように舞い、鳥のように翔ぶ。

 歳経るごとにグレコの切れ長の大きな瞳は妖しく輝き、彼女に引き付けられる男たちは絶えることがない。来日すること22回、いつも熱烈なファンに歓迎された。
 彼女のように歌う歌手は彼女以外にはおらず、唯一無二の存在であった。

詩と詩論 笛 2021 7 296号 より転載

  • 唯一無二の存在を歌うことで完結出来たグレコは偉大です。それをまた、次の世代に伝えている米村さまはファン以上の存在だと思います。 -- 岸野 みさを 2021-07-03 (土) 21:27:28

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