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2021.07.13 穀粒記者レポート・『青柳弘一長老(76歳)のZoom告別式に参加して』投稿者:岸野みさを

 アジア地域会長会ジョン・A・マキューン第二顧問の管理の元開かれた告別式は、明るい雰囲気の中で、話者の話に会場のあちこちから小さな笑いが起こったりして、穏やかに進行していきました。時を同じくして私の子供たちの幼なじみの訃報を聞いたこともあって重苦しかった気持ちが徐々に軽くなっていくのを感じることができました。

 喪主の青柳城子姉妹のお話によれば、家庭の夕べを終えてソファーにくつろぎ、姉妹が「お風呂先に頂戴するね」と言って、風呂に入って戻ってみるとソファーに寄りかかって眠っているようだった、とおっしゃいました。直感的に姉妹は「起きて!目を開けて!冗談じゃないわ、目を開けて!」と言って長老の頬を叩くも、動くことはなかった、そうです。訃報連絡メールには心臓マッサージを施すも手遅れだった、と書いてありました。

 そんな最期があるんだ。私の記憶では同じことを聞いたのはネルソン大管長の最初の妻ダンツエル・ホワイト(旧姓)の死についてです。2005年2月のこと、同じようにソファーに座って二人でテレビを見ていた時、突然、彼女は息を引き取った、と、大管長はおっしゃいました。世界的に有名なスーパードクターでしかも心臓外科医のネルソン大管長でさえ、主の時を止めることはできなかったと感じました。

 10人の子どもを産み育て、夫のDr.ネルソンが先天性の重症心臓疾患の姉と16か月の妹の手術を成功裡に納めることができなかった時、「もう二度と心臓の手術はしない」と一晩中泣き明かした夫を再び立ち上がらせたのは妻ダンツエルだったのです。
「今、あなたが辞めたらあなたが既に習得していることを他の人たちが、また、最初から苦労して学ばなければならなくなるわ」と。

 青柳長老もダンツエル姉妹も最後の一呼吸をし終わり、はい、これまでと、事切れるなんて今までの働きに対する主からのご褒美のような最期だと思いました。幕の前で我ら老人たちはあっち痛い、こっち悪い、思い出せない、とウロウロしているのが世の常なのです。その様を横目で見てサッと幕を通過していくのは奇跡の様に鮮やかではありませんか?生きざまは選べても死にざまは選べない、とは昔から言い伝えられています。

 城子姉妹のお話では青柳長老は松本市の農家の4男として生まれ、ワサビ畑の清流でバプテスマを受けました。大学在学中に宣教師になって、肉体の両親の望んでいた道を歩まなかったが、しかし父が晩年「お前は幸せ者だ、教会に入ってよかったな」と吐露されたそうです。
そこにいた人々皆の幸せの笑顔が広がっていくのを想像できます。そこに御霊も居られることが分ります。

 私は松本市の更に奥に行った白馬村出身で、お二人は松本市出身なので長野県人という同郷のよしみがあり、親しみがあります。和田貴志アジア北地域会長も長野市出身です。
長野県は日本列島のほぼ中央に位置していて南北に長く4つの盆地に分かれています。
地域によって多少の違いはあるのですが長野県民性は「まじめで控えめ」と評されています。
ゲーリー・E・スティーブンソン12使徒からの弔電に青柳長老の特質が語られていました。「謙虚な奉仕、義にかなった奉仕、平和を創り出す人……」であった、と。

 初めて青柳長老とお会いしたのは1974年7月の八王子支部大会だったと思います。
当時の教会堂は台町にある二階建ての民間のアパートを一軒借り切って使用していて、3つ目の建物でした。1973年8月10日第2回支部大会のプログラムで兄弟たちの合宿を行ったのが初めての使用でした。庭が広くて1975年6月8日からは庭に建てたプレハブの礼拝堂を使用できました。バプテスマフォントは建物の横にある木々の間に造成するまでは吉祥寺の第3ワード迄行って行いました。

 集会が終ったあと会員たちが庭で三々五々立ち話をしていた時、訪問者だった青柳長老に声をかけられました。夫が支部長だったので気遣って頂いたのだと思います。私は何かのことについてつぶやきました。今はそれが何だったのか思い出せないのですが…。
青柳長老は心配そうに私の目をみて、「無理されないで下さいね」とおっしゃいました。その一言で私の気持ちはスーと楽になったのを覚えています。印象的な初対面で忘れることはありません。

 今日(2021年7月11日)ある姉妹が聖餐会のお話の中で下記のように証されました。
「私がシニア伝道の召しを受けてソルトレークに滞在していた時、ある夜、ご夫妻がご多忙の間を縫って訪ねてきて下さいました。車でソルトレーク市内の夜景を見ながら、あることに苦しんでいた私に長老がかけてくれた言葉は「人生には予期しない出来事が起こります。それでいいのです。そのために、それを経験するために私たちは地上に来たのですから」とおっしゃいました。私は心に平安を覚えて救われた思いがしました。

 告別式で今井裕一長老の弔辞にもありました。娘さんがテンプルスクエアで伝道していて、肩が動かなくなって帰還したとき「名誉の帰還です」とねぎらいの言葉をかけてくれた、とおっしゃいました。
私たちの経験と同じように、そこには青柳長老の持つ本質的な、生まれ持つているかのような特質が感じられます。「あなたがたはどのような人物であるべきか。まことにあなたがたに言う。わたしのようでなければならない」(3NE27:27)青柳長老は救い主の名前と特質を受けて、「わたしがするのを見たその行いをあなたがたもしなさい」(3NE27:21)という、なるべき人物になっていたのです。性質、人格、人となりが変わりうる可能性を進化させ続けておられたのだと思いました。「義の原則に基づく神権の力」(D&C121:36)をかち得ていたのだと思いました。

 今井長老は1984年7月から1986年7月まで仙台伝道部で青柳伝道部会長の下で働いて35年の歳月が流れた、と言われました。前記の証に続いて、エライジャの話に及びました。エライジャがヨルダン川のほとりで火の車と火の馬に乗ってこの世を去るときに地上にいたエリシャに着ていたマントを投げました。マントを受け取ったエリシャのように、私たちは青柳長老からタスキを受け取りました、と話されました。

 聞いていた私は青柳長老のタスキは「あなたがたは如何なる人物であるべきか?」「あなたがたのよい行いを見て、天にいますあなたがたの父を(人々が)あがめるようにしなさい」
(マタイ5:16)ではないだろうかと思いました。

 長野県には3000m級の北アルプス連峰が聳え立っています。青柳長老は登山が好きだったことや日曜大工でベッドを造られた事などをお子さんやお孫さんのお話にありました。
息子さまの明弘兄弟は次のように話されました。「普通の人である父が70人に召されて大丈夫かと思ったが、総大会で話している父の顔を見たときに召された人であると感じました」「ニーファイが良い両親から生まれたと述べられたように、私たち家族は良い両親から生まれて幸せです」

 一番の支えになっておられた城子姉妹は琴を奏でて、詩歌に親しむ上品な女性である反面、ザックバランで皆に好かれる人柄の持ち主です。告別式のお話の時も御霊に聖められた美しく凛とした姿で、あたかも天使の様に見えました。

 告別式の最後にユタや日本各地からの当時の大勢の宣教師たちが讃美歌を歌っている画像が流れて、その歌声が心に浸み込んできました。また、宣教師たちに囲まれているお二人の若く輝いている姿も拝見することが出来ました。

 青柳長老ご夫妻!告別式に当たって私たちの霊を鼓舞し、聖めを行って頂き誠にありがとうございました。そしてご苦労さまでございました。城子姉妹の言うかなえられなかったたった一つの願いがかなう再会の日!その日までお元気で!暫しの間さようなら、さようなら!

  •  私も同じように感じるところが多かったです。
     何年か前に、彼ら夫婦が東京神殿にはいるとき、私達は儀式が終わって帰る時に偶然お会いした時、私達は正直忘れていたようなことに対して覚え、気にされていたのか、優しくお言葉をかけていただきまして。
     人に寄り添い、気を使われる優しい方でした。
     私はもう遅いと言われるかもしれませんが、少しでも近づきたいと思いました。
     私には大きな叶わない望みかもしれませんが、天でお会いできれば思います。 -- 丸山幹夫 2021-07-14 (水) 09:23:13
  • もう遅い人などいるわけがありません。主の僕として最後まで勤めを果たしたいと願い主の業に励んでいる丸山長老のことを主は痛いほどお分かりになっていらっしゃいます。「息子よ、よくやっている」とお褒めになっておられることでしょう。 -- 岸野 みさを 2021-07-14 (水) 11:03:29
  • 青柳長老は、わずらいがない世界で、ニコニコしながら、お忙しく働いていらっしゃる気がします。岸野姉妹のコメントにもありますように、息子よよくやったと、労われるだけでなく、先祖の方々との歓談を楽しまれているのではないでしょうか。See you again.ですね。 -- 牧瀬美代子 2021-07-20 (火) 15:19:08
  • 青柳長老の告別式は、明るい温かい雰囲気で青柳長老のお人柄を表したかのようだった、と参加した兄弟が言ってました。
    青柳長老のエピソードをたくさん書いてくださり、読むことができて本当に嬉しかったです。(みさをしまいの文才にも感服です。やっぱり才能は使えば使うほど磨かれますね。)

    主に従おうと努力する人は主によって主に似たものとなる、ということを改めて感じました。青柳長老にまたお会いできる日が楽しみです。 -- サブストローム純子 2021-08-15 (日) 12:39:04

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