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2021.09.28 評論・研究論文「視点・詩点 やまもとあきこ と  親交のあった詩人・作家たち」 投稿者:徳沢 愛子

笛 2021.10.297号より転載

 やまもとあきこ(山本昭子)は、昭和3年10月9日、父親の赴任地・下呂温泉で生まれたが、幼時は父親の転勤により朝鮮で過ごした。戦後、小学4年生の時両親の離婚により金沢に移り住み、昭和20年頃から詩の創作を始めた。「北の人」(昭和2年)、「雑草原」(昭和22年)、「第二次北の人」(昭和22年)、「石川詩人」(昭和30年)に所属し、戦後石川詩壇の若きホープと言われた。結婚を機に上京、「赤門文学」に所属後、新聞記者となり詩作からしばらく遠ざかっている。

 昭和27年、詩作を再開した後は、昭和50年年代に、『羊は一列に』(昭和51年 ポエトリーセッター)、『雪豹』(昭和55年 花梨社)の詩集を二冊、さらに52歳の時には、「火牛」に入会、詩集『通過者』(平成9年 思潮社)を出版した。

 新聞記者としては、当時珍しかった女性記者として名を知られ、その間に培った人脈に根ざした、作家や詩人たちとの豊富な親交、多岐にわたる知識や情報を身に付けていた。

 ジャーナリストである彼女が先達の文人たちに愛されたのは、その純真で一途な性格と応対・談話の巧みさであったろう。

 私も早くから彼女に憧れ親交を得て、文學上の師としてまた気の置けない友として半世紀にも及ぶ交流を続けている。私は、詩という道に歩み入り、良き師友を得て心豊かに過ごせたことを有難く思っている。

 ここではそんな彼女の人となりに思いを巡らすとともに、かつて彼女を愛した詩人・作家たちとの交流の一端を書いてみたいと思う。

 「石川近代文学全集16-近代詩」(平成3年 石川近代文学館)には、やまもとあきこの詩が16編掲載されているが、彼女の長年の友人である詩人・版画師の前田良雄の作品も掲載されている。彼は、やまもとあきこのことを「あきちゃん」と呼んで懐かしがるが、彼女同様、今も矍鑠として活動している。

 今年6月、『昨口 今日近くて遠い蛍とぶ』という、俳句と絵をコラボした句集を出版した。
 (私事になるが、私が九州に滞在していた時期、彼の版画とコラボして九州各地の風物を詠った『草千里 人万里』(平成29年 北国新聞社)という版画詩集を刊行している)

 彼女は独身時代に、小松に在住する郷土の作家・森山啓に師事し文章や詩の書き方について学んだ。森山啓は共産党員であったが、決してその思想を押し付けようとはせず、金沢から小松まで勉強に通ってくる彼女を女弟子として大切に育んでくれた。当時すでに森山啓は大作家といわれていたが、共産党員であったため官憲に睨まれ著述を厳しく検閲され貧窮していた。そのうえ妻が病弱であったため育児から家事一切をこなしており、幼い我が子を負んぶしてパタパタと七輪を扇ぎながら女弟子のために昼餉の支度をしてくれた。やまもとあきこは、家族のように遇してくれた森山に感謝すると同時に、彼の台所の貧窮ぶりを知悉していたため、いつも米を手土産に持参していた。(当時は食糧難で米は大変な貴垂品であつた)ある日、米を置いて帰った所、小学校の息子さんがその米を持って息を弾ませて走って追いかけてきた。「これは父が受け取れないといっています」と叫ぶと米を道において走りかえったので、彼女も負けずに後を追い米を道においてきたという。

 やまもとあきこはそんな彼を敬愛し、二人は互いを慮りながら、暖かい交情を持ち合ったようである。彼女が結婚のため東京へ去る時、森山啓は、「良い作品を書いて下さい」と言って、当時としては大変貴重な原稿用紙を餞に贈り、また詩人・伊藤信吉への彼からの紹介状を持たせてくれた。

 彼女は、金沢時代、東京時代を通じて多くの先輩・知友に恵まれ愛されている。その一部を辿れば、森山啓、梅村瀋子、室生朝子、中村愉吉、福中都生子、長谷川龍生、伊藤信吉、深田久弥、池波正太郎、水芦光子などと親交を重ねていた。

 とりわけ室生犀星の女弟子であった水芦光子には、親しく師事し室生犀星の孫弟子となった。水芦光子は、やまもとあきこに対しくあなたは座談の名手だから、詩が下手なのよ》と半分は褒めながらも鋭い指摘をした。彼女は、小学生の時両親の離婚という痛手を負いつつも気丈に生き抜いて素晴らしい人生を送っている。
 最後にやまもとあきこの詩を一篇紹介したい。

  「葉ざくらの下で」

ふるさとは
やさしい臨床医だった

誰にも会わず
いちにち
わたしは
処方される筈の
薬袋と水ぐすりを待っていた

公園の葉さくらの下で

            詩集『羊は一列に』

やまもとあきこの根っこには哀しみの湖があって、そこから生え出ている一本の伸びやかな木は、まっすぐで知性のつややかな緑を贅沢に茂らせている。

  • 深田久弥、池波正太郎、しか知りませんでいかに本を読まなかったか、恥ずかしいです。
    早速、伊藤新吉を検索しました。 -- 岸野 みさを 2021-09-30 (木) 22:23:24

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